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田安徳川伯爵家

東京本邸 芝区三田綱町 (現:港区三田)
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◆徳川斉匡
1779-1848
もと一橋徳川治済の子


■妻 閑院宮美仁親王の娘 貞子女王
1787-1825


●庶子 斉位 一橋徳川家5代当主となる
●庶子 慶寿 一橋徳川家7代当主となる
●庶子 慶永 福井松平春嶽となる
●庶子 慶頼 次々代当主
●庶子 慶臧 尾張徳川慶臧となる





◆徳川斉荘
1810-1845 35歳没
もと将軍徳川家斉の子 先代斉匡の娘猶子の婿養子になる
のちに尾張徳川家を相続する





◆徳川慶頼
1828-1876 文政11-明治09 47歳没
先々代斉匡の子
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■前妻 将軍徳川家慶の娘 暉子
1826-1840 文政09-天保11 14歳没


■後妻 閑院宮孝仁親王の娘 直子/光子/桂子女王
1819-1906 文政02-明治39 87歳没


●庶子 寿千代 次代当主 
●庶子 家達   次々代当主→のちに徳川本家を相続して徳川家達となる
●庶子 達孝   次々々代当主
●庶子 鎮子   庄内藩主酒井忠篤夫人
●庶子 頼倫   紀州徳川頼倫侯爵となる





◆徳川寿千代
1860-1865 安政07-元治02 4歳没





◆徳川亀之助
1863-1940 文久03-昭和15 76歳
先代寿千代の弟 
のちに徳川本家を相続して徳川家達となる





◆徳川達孝
1865-1941 慶応01-昭和16 75歳没
先代亀之助の弟
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■前妻 将軍徳川慶喜の娘 鏡子 死別
1873-1893 明治06-明治26 20歳没

鏡子と祖母徳川吉子
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■後妻 島津忠義公爵の娘 知子 山階宮常子妃の妹・久邇宮俔子妃の妹
1875-1948 明治08-昭和23 73歳没
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●前妻の子 須美子 溝口直亮伯爵夫人
●前妻の子 穀子  土屋拳直子爵夫人
●前妻の子 艶子  立花鑑徳子爵夫人
●前妻の子 繍子  徳川武定子爵夫人
●後妻の子 達成  次代当主
●後妻の子 恵子  大久保寛一子爵夫人


左から 艶子 繍子 須美子 穀子
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左から 達成 達孝 恵子 知子夫人 繍子 
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男性左から 達孝 達成 立花鑑徳子爵
女性左から 繍子 知子夫人 須美子 穀子 艶子 
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困窮した多くの華族家の財産整理を手助けした 尾張徳川義親侯爵の日記

田安伯を訪ねる。伯は病中なりしも面会出来。
田安家の整理について話す。田安家は前々より財政的に困難なればなり。

三田の田安家に行き、達孝伯に家政整理につきて懇談する。
同時に達成君にも話す。

華族会館にて千駄ヶ谷公〔本家德川家達公爵〕にお目にかかり、
田安家のことにつきお話を伺う。非常に御心配かつ御嘆きなり。
なんとか良い結末になるよう努力することを申し上げる。

徳川達孝伯、礼に来られる。
田安家の整理につき尽力せるためにお礼にお出でとのこと。
今日まで各家の整理につきて尽力せるも、
田安伯ぐらい早く決心され整理を一任されて進行するものもなく、
また特に感謝されたるもまた初めてなり。
この当然なることが、今まで他家の場合にはなかりし

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◆徳川達成
1899-1961 明治32-昭和36 61歳没


■妻 戸田氏秀伯爵の娘 元子
1907-1989 明治40-平成01 82歳没
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左から 知子夫人 恵子 達孝 達成 元子夫人
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●雅子
●宗英
●宗賢
●宗広
●文子
●宗紀


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子 徳川宗賢

当主ならともかくはずれにいるほど、徳川家がどうなっているのか無責任で無関心なんですよ。
家に関係した仕事を持っているなら何か特別な意識があるかもしれません。
しかし徳川の家業は政治だった
それから切り離されて百年も経ってしまえば家意識は風化してしまう。
むしろ仕事と結びついた家の方が特別な意識があるでしょう。
しかもその周りに家臣団的な家々が付随していますからね。

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by oMUGIo | 2003-01-13 00:00 | 武家華族
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