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細川侯爵家 熊本藩主 その1

東京本邸 小石川区高田老松町 (現:文京区目白台) 敷地3万8000坪 建坪1000坪
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◆細川斉護
1804-1860 文化01-万延01 55歳没
もと宇土藩主細川立之の子
宇土藩主となった後、細川家を相続する


■広島藩主浅野斉賢の娘 益子
1801-1875


●実子 勇子/常子 福井藩主松平春嶽夫人
●庶子 韶邦 次代当主
●庶子 護久 次々代当主
●庶子 承昭 弘前藩主津軽順承の娘常子の婿養子になり津軽承昭伯爵となる
●庶子 護美 長岡護美子爵となる 大村純熙伯爵の娘知久子と結婚




◆細川韶邦●子供ナシ
1835-1876 天保06-明治09 40歳没


■三条実万の娘 峯子
1837-1895 天保08-明治09 58歳没
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◆細川護久
1839-1893 天保10-明治26 54歳没
先代韶邦の弟


■佐賀藩主鍋島直正の娘 宏子
1851-1919 嘉永04年-大正08 68歳没


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宏子が輿入れしてみると護久はすでに側室との間に嫡男護成があったので、
輿入れの責任者であった鍋島側の家臣大隈重信が激怒したというエピソードが残っている。

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孫 寺島雅子 細川護立侯爵令嬢/寺島宗従伯爵夫人

父護立は四男でした。
長男は護成といって侯爵家を継いだのですが、生母がお局さんだったのです。 
祖母の宏子が鍋島家からお嫁に来た時、すでにオムツが干してあったそうです。
鍋島からついてきた人が「すでに赤ちゃんがいるのなら帰る」と言ったのですが、
祖母は「いえ、私は細川家に嫁に来たのです」と言って止めたそうです。


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●庶子 護成  次代当主
●庶子 嘉寿子 細川興生夫人
●庶子 宣子  松平直亮伯爵の前妻・本人死別
●庶子 志津子 阿蘇惟孝男爵と離婚
●実子 悦子 一条実輝公爵の後妻
●実子 猶子 早逝
●実子 護全 叔父長岡護美子爵の養子になり長岡護全となる
●実子 護晃 細川護晃男爵となる
●実子 護立 次々代当主


左から 猶子 宏子夫人 悦子 護全 護晃 護立
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◆細川護成
1868-1914 慶応04-大正03 45歳没
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■妻 戸田氏共伯爵の娘 孝子
1877-1964 明治10-昭和39 87歳没
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●英子 長岡護孝子爵夫人




◆細川護立
1883-1970 明治16-昭和45年 87歳没
先代護成の弟/先々代護久の子
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■妻 池田詮政侯爵の娘 博子
1889-1967 明治22-昭和42年 78歳没
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●護貞 次代当主
●敏子 葛城茂麿伯爵と死別・中島昭吉と再婚
●雅子 寺島宗従伯爵夫人
●泰子 松井明之男爵の子松井祥之夫人


左から 雅子 博子夫人 泰子 護貞 護立 敏子
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左から 博子夫人 雅子
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息子 細川護貞

父は昔から馬鹿だ馬鹿だというのが口癖の人で、ことに私に対してはしょっちゅうだった。
「これからお謡のお稽古をして参ります」と言うと、
いきなり「馬鹿、しっかりやらんと承知せんぞ」とカミナリが落ちた。
何事か分からないまま立ち尽くしていると、「馬鹿、早く行け!」という調子である。

母はこの父と対照的でおとなしく、典型的な昔風の女性だった。
意見とかはまったく持たない人だった。
母は家父長制のもとでの夫唱婦随を見事に演じた人だった。
手先が器用で晩年あらゆる手芸をやり、また鼓・太鼓・三味線もなかなか上手かった。


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娘 寺島雅子 寺島宗従伯爵夫人

父護立は軽井沢の開発者なのです。
大正04年に野沢組から何ヘクタールという広さの土地を買いました。
野沢組は大きい区画でないと土地を譲ってくれなかったのです。
徳川慶久さんと二人で「お前はこっちが良いか、そっちが良いか」と土地を分けて、
あめりか屋に家を建てさせました。ですから初めのうちは境界線も何もなかったのです。
ですから隣の徳川別邸にはしょっちゅう遊びに行きました。
子供の頃高松宮様の喜久子妃殿下と行ったり来たりして、
鬼ごっこや隠れんぼをして遊びましたよ。


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◆細川護貞
1912-2005 明治45-平成17 93歳没
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■前妻 近衛文麿侯爵の娘 温子 死別
1918-1940 大正07-昭和15 22歳没
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■後妻 松井明之男爵の娘 薫子
1925-2006 大正13-平成18


●前妻の子 護熙 総理大臣
●前妻の子 護輝 近衛忠輝となる
●後妻の子 明子 茶道家千宗左夫人


左から 故温子夫人 護熙 護貞 護輝
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温子夫人の姉 近衛昭子→野口昭子

銀座で落ち合うこともあったが、そんな時の妹は黒のトーク帽をちょっと斜めにかぶって、
赤いスカーフをちょっとのぞかせた黒いコートを見事に着こなしていた。
私よりもオシャレで明朗闊達で、誰からも【オンちゃん】と愛されていた


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護貞の妹 寺島雅子 寺島宗従伯爵夫人

兄の護貞は近衛温子さんとゴルフでミックスを組んでいたのですが、
お互い好きになって結婚しました。兄は真面目で怖かったけれど、
【オンちゃん】と知り合いになってからはすごく良くなりました。


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細川護貞

近衛文麿さんと父護立は、父の方がかなり先輩だったがお互いかなり親しくしていた。
私も長男の文隆君とは幼なじみで、妹温子とは子供の頃から一緒に遊んだ。
その文隆君がアメリカ留学から一時帰国し、横浜港へ出迎えに行ったら温子も来ていた。
彼女は13歳、私は19歳。その時彼女はいつもと違う印象だった。
「非常に明るくていい子だな」と思い、結婚を意識した。
文隆君が滞在している間一緒に付き合い、交際していくうちに両方で好きになった。

どうしても結婚したいということになり母に話してみると、
「それはダメだろう。もうお相手が決まっていると聞いている」と言う。
しかもそれは宮様だと言うではないか。
「あきらめた方がいい」と母はつれなかったが近衛さんに確かめてみようと思い、
彼女を通じて聞いてもらったら「そんな事はない」と言うので安心したのだった。
その時「ダメだったらどうしようか」と言うと、彼女は「なに、駆け落ちすればいいよ」と簡単に言う。
そう言って二人で笑った事があったが、本当に明るく積極的な人だった。

明るく現代的な人だけに、突然結核で亡くなった時には非常なショックを受けた。
温子との結婚生活はわずかに4年しかなかった。再婚したのは5年後のこと。
話はずいぶんあったが何しろ多忙で、しかも二人の子供がいて再婚していいか迷っていた。
家内の薫子は遠い親戚筋で、細川家の筆頭家老の家だった。
子供の頃から知っており年はちょうど一回り下で、
戦争中でもあり京都でほんの身内だけの式を挙げた。


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by oMUGIo | 2004-01-13 00:00 | 武家華族
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