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山内侯爵家 土佐藩主 その1

◆山内豊資
1794-1872 寛政06-明治05 77歳没


■妻 岡山藩主池田斉政の娘 豊子
1779-1841 安永08-天保12 61歳没


●側室の子 豊熙  次代当主
●生母不明 貞子  米沢藩主上杉斉憲夫人
●側室の子 豊惇  次々代当主
●生母不明 悦子  久保田藩主佐竹義睦夫人
●生母不明 嘉年子 徳大寺実則侯爵夫人
●生母不明 豊範  のちに当主となる





◆山内豊熙
1815-1848 文化12-嘉永01 33歳没


■妻 薩摩藩主島津斉興の娘 祝子/候子
1815-1880 文化12-明治13 65歳没


●生母不明 鍈子 庄内藩主酒井忠発の子酒井忠恕夫人
●生母不明 鏸子 臼杵藩主稲葉観通夫人
●本妻の子 綱子 広島藩主浅野長勲夫人





◆山内豊惇
1824-1848 文政07-嘉永01 23歳没
先代豊熙の弟


●生母不明 豊廉





◆山内容堂/山内豊信
1827-1872 文政10-明治05 44歳没
先々々代豊資の甥/もと山内豊著の子


■妻 烏丸光政の娘 正子
1833-1868 天保04-明治01 35歳没


●生母不明 光子 北白川宮能久親王の前妻・離婚
●生母不明 豊尹 山内豊尹子爵となる 結婚3回
酒井忠彰子爵の娘鈴子→加藤泰秋子爵の娘直子/賢子→松平信庸の娘勝子
●生母不明 八重子 東伏見宮依仁親王の前妻離婚・秋元興朝子爵の後妻





◆山内豊範
1846-1886 弘化03年-明治19 40歳没
当主豊資の子
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■前妻 毛利信順の娘 喜久子/俊子
1844-1899 弘化01-明治32 55歳没


■後妻 米沢藩主上杉斉憲の娘 栄子 結婚3回
人吉藩主相良為知夫人→飛鳥井雅望伯爵夫人→山内豊範侯爵夫人
1848-1886 嘉永01-明治19 38歳没
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●生母不明 豊景 17代当主
●生母不明 豊静 山内豊静男爵となる→子は18代豊秋
●側室の子 豊中 政治家木内重四郎の娘草子と結婚
●生母不明 寿子 大関増輝子爵夫人


*両親が同年に続いて亡くなったため、
父の姉悦子/久保田藩主佐竹義睦夫人が幼い子女の親代わりを務めた。

左から 寿子 伯母の佐竹義睦夫人悦子 豊中 豊景 豊静
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◆山内豊景
1875-1957 明治08-昭和32 81歳没●子供ナシ

*フランスに留学


■妻 伏見宮貞愛親王の娘 禎子女王
1885-1966 明治18-昭和41 81歳没


*大正天皇が皇太子時代に皇太子妃として婚約発表されたが、
肺病の疑いありとの理由で婚約は取消となった。
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左が禎子夫人 右が寿子 侍女たちと
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薙刀をする禎子夫人
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座敷遊びをする禎子夫人
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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

豊景侯爵に抱えられて家史編纂所の主任をしていた沼田頼輔という人が
先年紋章学で文学博士の学位を授けられた。
彼が紋章学の研究に没頭した動機というのが、
ある時豊景侯爵から土佐藩はなぜ今の定紋を用いているかと尋ねられたが、
それに答えることができなかったので深く恥じ入りそれから発奮したのであるから、
豊景侯爵としては沼田氏に対して多少は何とかせねばならぬ筋合いのものであった。
そこで家職の者から豊景侯爵に報告した。
無論お褒めの言葉とともに金一封ぐらいの賞賜は当然あるべきはずと期待してのことである。
ところが御本尊はその報告を受けても「ふふん」と言ったきりで何も言わなかった。
その場のみでなく後日沼田氏が豊景侯爵に面会しても、
このことについては良かったとも何とも一言の言葉もなかったので、
家史編纂所の人々もあきれたという話がある。
豊景侯爵にすれば1000万円以上の丸持華族の主人公として
召し抱えの者の慶事に対して一封の賞金や祝賀会の費用ぐらいを惜しんだわけではあるまいが、
これなども要するに彼等に通有性な周囲に対する冷やかさがそうさせたまでのことである。

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◆山内豊秋
1912-2003 大正01-平成15 91歳没
先代豊景の甥/もと山内豊静男爵の子 


■妻 黒田長礼侯爵の娘 光子
1921-1980 大正10-昭和55 59歳没


豊秋と継母禎子
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●豊功
●完子
●豊厚
●高子
●菊子
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by oMUGIo | 2004-02-11 00:00 | 武家華族
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