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三井男爵家 総領家(北家) 財閥 その1

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総領家である北家を筆頭に
伊皿子家・新町家・室町家・南家・小石川家・松坂家・永坂町家・五丁目家・一本松家・本村町家は
三井11家と呼ばれる。地名からとられた通称である。

三井家当主は代々三井八郎右衛門を名乗る。
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◆三井高福
1808-1885 文化05-明治18 77歳没

中央
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■前妻 南家三井高英の娘 麗子
1815-1843 文化12-天保14 28歳没


■後妻 永坂町家三井高延の娘 津尾
1814-1891 文化11-明治24 77歳没
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●前妻の子 高朗 次代当主
●後妻の子 高猷 永坂町三井高猷となる
●後妻の子 涛子 伊皿子家三井高生夫人
●後妻の子 喜野 新町家三井高辰夫人
●後妻の子 高弘 南家三井高弘男爵となる 伊達宗城侯爵の娘照子と再婚
●後妻の子 高保 室町三井高保男爵となる
●後妻の子 賢子 柏原孫左衛門夫人
●後妻の子 高尚 五丁目三井高尚となる
●後妻の子 高棟 次々代当主





◆三井高朗●子供ナシ
1837-1894 天保08-明治27 57歳没
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トリック写真/同一人物
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■妻 伊皿子家三井高映の娘 喜曽
1839-1883 天保10-明治16 44歳没





◆三井高棟
1857-1948 安政04-昭和23 91歳没
先代高朗の弟

アメリカにて 右端が高棟
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■前妻 貴登
1866-1891 慶応02-明治24 25歳没


■後妻 前田利声伯爵の娘 苞子
1869-1946 明治02-昭和21 77歳没

すべてアメリカにて
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●慶子 中御門経恭侯爵夫人
●高公 次代当主
●裕子 鷹司信熙男爵夫人
●興子 伊皿子家三井高長夫人
●高維 永坂町三井高泰の娘英子と結婚
●礼子 永坂町三井高篤と結婚・熟年離婚
●祥子 高辻正長子爵夫人





◆三井高公
1895-1992 明治28-平成04 97歳没


■妻 福井松平康荘侯爵の娘 鋹子
1901-1976 明治34-昭和51 75歳没
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●高元 早逝
●高実 新町三井高遂の娘依子の婿養子となる
●公乗 財閥浅野八郎の娘豊子と結婚
●之乗 次代当主
●久子 財閥浅野久弥夫人


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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

三井高公は大正09年、京都帝大法学部を卒業した25歳で結婚した。
花嫁は福井松平康荘侯爵の娘鋹子19歳である。
婚約時代の交際は、自家用車を持つことも自分で運転することも珍しかった時代に
運転手ではなく新郎が車を運転してドライブなどを楽しんだという。

日比谷大神宮で挙式を終えた後、新郎新婦は三井総本家本邸でお祝いの昼食をとった。
夜には三井倶楽部で、両家の家族だけの晩餐会が開かれた。
挙式から4日後、花嫁の実家松平邸でお里開きが行われた。
夜は華族会館で晩餐会。
それから3日後の昼に三井倶楽部で、
両家の親類縁者だけを集めてビュッフェスタイルの披露宴があった。
それから2日後、三井倶楽部で一般披露宴が行われた。招待客は千人。
新郎新婦は来賓への挨拶のため、午後2時から5時まで立ちっぱなしだったという。

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三井高公の妹 三井礼子の証言

兄の結婚のことで一番印象に残っていることは、
披露宴でシャンパンを抜けるだけ抜けと言われて、ポンポンポンポン景気よく抜いたことです。
その音が花火のようにホール中に響きわたっておりました。
あの頃はシャンパンが1本いくらするなんていうことは念頭にありませんでしたが、
いったい何本抜いたか覚えがありません


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息子 三井之乗

〔戦時中〕父はパンを造る機械を調達してパンを作ってました。
パン生地をこねるのが母の役目。
母は本当に器用な人で、何でも達者にこなしましたね。


*絵画・手芸・竹細工などの手仕事に加え、茶の湯・能楽も嗜み、高福剪綵を復活させ、
昭和10年頃には北家が稽古場となり三井の夫人たちが参加した。

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◆三井之乗
1931-


■妻 林友春の娘 富美子
1940-


●永乗
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by oMUGIo | 2005-11-01 00:00 | 勲功華族
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