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岩崎男爵家 財閥 兄 弥太郎系

*三菱財閥の総帥の座は親から子へ移るのではなく、
兄の弥太郎・弟の弥之助の2つの家から交互に継いでゆく。


本邸 1万4000坪 設計ジョサイア・コンドル 台東区池之端

清澄邸 3万坪    設計ジョサイア・コンドル 

駒込六義邸 12万坪 
 

◆岩崎弥太郎 初代総帥
1835-1885 天保05-明治18 50歳没
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■妻 高芝玄馬の娘 喜勢
1845-1923 弘化02-大正12 78歳没
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●実子 春路 加藤高明伯爵夫人
●実子 久弥 3代総帥
●実子 磯路 政治家木内重四郎夫人
●養子 豊弥 もと郷純造の子 柳沢保申伯爵の娘武子と結婚
●庶子 富子 早尾淳実夫人
●庶子 秀弥
●庶子 雅子 幣原喜重郎男爵夫人
●庶子 康弥 医師松山棟庵の娘登志子と結婚
●庶子 昌弥 平民能勢辰五郎の娘古満子と結婚


●春路 加藤高明伯爵夫人

左から 春路 夫加藤高明 娘悦子
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●豊弥 柳沢保申伯爵の娘武子と結婚
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●康弥 医師松山棟庵の娘登志子と結婚
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●昌弥 平民能勢辰五郎の娘古満子と結婚
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弥太郎は4人の娘たちに将来有望な婿を選んで結婚させた。
富子の夫早尾淳実も東大法科を2番で卒業した秀才だったが、
部下に当時の金額で16億円もの小切手を振り出すように命じたりするようになって
精神病院送りとなった。
出勤・帰宅の時間まで決められるような岩崎家の厳しい締め付けに
ノイローゼになった結果であった。

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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

大阪富田屋に【お雄】という芸妓がいた。
これに目をつけたのが富田屋にとって一の客である岩崎弥太郎男爵であった。
まだ年の若いお雄として、金のために自由にされるということは好まなかった。
なかなかおいそれと色よい返事をしない。
金さえ積めばどんなことでも思うままになると思い込んでいる大尽は、
金は山ほど積むとか、言うことを聞けば何でも望む物は買ってやるとか、
そんな言葉が幾度となく繰り返された。
すると当人のお雄は相手の言葉をみなまで聞かず、
すいと立ち上がって気分が悪いからと言ってその場から出てしまった。
ちょうど冬のことで岩崎大尽はコタツに入って飲んでいた。
お雄の艶な姿が見えなくなると布団の上に顔を押し付け太い息を吐いていたが、
やがて布団をメリメリと引き裂き、綿をちぎって左右へ投げ始めた。
顔を見ると目には涙さえ浮かべているといった有様で、
天下の弥太郎も一婦人のために滅茶滅茶の姿となった。
この狂態を見せつけられては富田屋の夫婦も黙って見ていられなかった。
とうとう嫌がるお雄を口説き落として岩崎男爵の意に従わせることとなった。
それから後の岩崎男爵は足一歩も富田屋の敷居から出ずお雄を引きつけ切りであったが、
東京へ行かねばならぬ用件ができたのでしばらくお雄と遠ざかることになった。

岩崎男爵が上京の留守中に井上馨侯爵が富田屋に遊んで、
一目お雄の姿を見ると今まで馴染んでいた女を振り捨て
一本やりにお雄を目指して手に入れようと焦り出した。
お雄にはすでに岩崎大尽という日本一の旦那のあることは承知している。
だが井上侯爵とて富田屋にとっては岩崎男爵にもまして大切なお客様である。
井上侯爵を押し付けられてみると、井上侯爵の女道楽は相当の修養を積んでいるから
女の嬉しがりそうなことを言ってちょいちょい優しいところを見せる。
男慣れしていないお雄が日増しに井上侯爵に引きつけられて行くのは無理もないことで、
もし二人の仲が岩崎男爵に知れても決して見捨てて下さるなと
自分の方から真心を見せて頼むほどになった。

意外なところから井上という色敵が飛び出してこっそりお雄の手を握った秘密は
神ならぬ身の知る由もなかったが、場所が口さがなき遊郭のことではあり
関係する人々がいずれも当世第一の人物であったから、誰言うことなく噂は噂を生んで
井上侯爵とお雄とが描いた秘密がとうとう岩崎男爵の耳に入ってしまった。
ある晩富田屋の大広間で長州人と土州人との懇親会が開かれた。
井上侯爵も岩崎男爵もむろんこの席に列なった。
集まった者はいずれも維新前後の危ない巷を出入りした粒よりの勇者で、
維新当時の立ち働きや自分達の功名談に花を咲かせ、
痛快を叫びつつ献酬に忙しく盃の巡りも存外に早かった。
岩崎男爵は急に席を立ちお雄の手を取って井上侯爵の前へやって来た。
立ったまま井上侯爵を見下ろしながら肴を遣わすと言うなりお雄を井上侯爵の前へ突き倒し、
「乞食武士には腐った肴が分相応だ、よく匂いを嗅いで賞玩しろ」と怒鳴りつけたから、
井上侯爵も黙ってはいられない行き掛りになった。
それでもその場は仲裁する者が出てどうにか無事に納まったが、
お雄には岩崎男爵から暇が出た。

こうなるとお雄としては意地からでも井上侯爵に捨てられてはならぬ。
そこで井上侯爵に念を押したところ、
「わしも長州の井上だ、お前の他には女を相手にしない」とキッパリした返事であった。
そんな約束がいつまで守れるはずがない。
月日が経つに従って浮気の心も起りお雄の顔も見飽いてきた。
その後天王寺家の房鶴という芸妓を相手にお雄に内密でちょいちょい会っていたが、
いつのまにかそれがお雄の耳に入ったからただで済むはずはなかった。
井上侯爵が房鶴を相手にふざけている現場へ乗り込んで行って、
「岩崎さんがお前さんを乞食武士だと言ったが、本当に乞食武士に違いない。
それに女の乞食もいて二人でさかっていやがる」と恐ろしい啖呵を切って、
井上侯爵の顔を痰を吐きかけてそれきり絶交してしまった。

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◆岩崎久弥 3代総帥
1865-1955 慶応01-昭和30 90歳没

*米ペンシルバニア大学に留学
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■妻 保科正益子爵の娘 寧子
1874- 明治07-
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●彦弥太 佐竹義準男爵の娘操子と結婚
●隆弥 政治家池田成彬の娘敏子と結婚
●恒弥 軍人清河純一の娘勝代と結婚
●美喜 外交官沢田廉三夫人 エリザベスサンダースホームを創立
→孫の筑波大学講師沢田脩は構内で車で学生を死亡させてひき逃げし山中で首を吊って自殺
●澄子 甘露寺受長伯爵の子甘露寺方房夫人
●綾子 福沢諭吉の孫 福沢堅次夫人


後列左から 久弥 彦弥太 隆弥
前列左から 美喜 綾子 寧子夫人 澄子 喜勢夫人 恒弥  
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立つ左から 綾子 恒弥 美喜 彦弥太 隆弥 澄子
座る左から 寧子夫人 喜勢夫人 久弥
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座る 3代総帥久弥   立つ 4代総帥小弥太
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●美喜 外交官沢田廉三夫人 エリザベスサンダースホームを創立
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幻の5代目総帥岩崎彦弥太の息子 岩崎寛弥の証言

彦弥太は学習院から東大に進み、卒業後はイギリスのオックスフォード大学へ留学。
帰国後は、三菱鉱業や富士紡績で経営者としての修業を積んだ後、
三菱合資に入り、4代総帥彦弥太の下で副社長になる。

順当に行けば5代目総帥となる予定であったが、敗戦とそれに続く財閥解体により幻に終わった。
岩崎家は三菱本体とは別に小岩井農場をはじめとする農場経営を行っており、
これは財閥解体の対象とならなかったので、その後の彦弥太は大農場のオーナーとして生きる。

国分寺別邸は1万坪の敷地に、プール・農地・鴨池・ケンネルなどがあった。
プールは子供たちのため、農地では自家用の野菜や果物を作らせ、
鴨池では自家用の鴨を飼育させた。
彦弥太は狩りが好きで獲物の鴨や雉を食べるのを楽しみにしていたが、
狩りのない時用に鴨を飼っておくのである。
ケンネルは犬の繁殖のためで、
イギリスやドイツから優秀なエアデールテリアを輸入し交配させていた。
使用人によると、彦弥太はすべての豚や鶏の顔を覚えていたそうである。

自分のところで育てた馬が走るわけですから、競馬に熱心でした。
馬は育てることも、レースに出すことも、自分で乗ることも好きで、
馬術についてはウィーンのスペイン馬術学校に入学しているほどです。
戦後の父は、馬と狩りといったアウトドアの趣味と、大好きなお酒の日々でした。

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by oMUGIo | 2005-12-01 00:00 | 勲功華族
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