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吉川男爵家 岩国藩系

東京本邸 神田区駿河台東紅梅町 (現:千代田区神田駿河台) 設計:ガーディナー
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重吉の娘 岩田幸子 松方勝彦と死別・作家獅子文六(本名:岩田豊雄)と再婚

明治44年に出来た家だが、子供用と客用のトイレは水洗だった。
一般の家では珍しかったようだ。間数は47間あり、この他8つぐらいトイレがあった。

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◆吉川重吉 
1860-1915 安政06-大正04 55歳没
もと周防岩国藩主吉川経幹の子

*米ハーバード大学に留学
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■妻 加藤泰秋子爵の娘 須賀子
1874-1947 
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岩田幸子

父は自身純潔を守るばかりか人に対しても求める所があって、
料亭での宴会等を嫌って身分不相応な家を建て内外のお客様は家でもてなした。

母は使用人を大切にする質で、芝居・旅行などにも行かせて皆に慕われた。
後年私が岩田に嫁ぐ時岩田が興信所で調べたところ、
母の事を「女中に出すなら駿河台の吉川様」と書かれていたと言われ娘として嬉しかった。
母は人前では物も言えぬような恥ずかしがり屋の女だったのに、
実子の姉達よりお婿さん達の方がよく訪れ、
兄の友達が「おばば様、おばば様」と慕ってくれたのはどうしてかと思う。

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●英子 イギリスに留学・原田熊雄男爵夫人
●元光 本家吉川経健子爵の娘芳子の婿養子になり吉川元光子爵となる イトコ結婚
●春子 工学者和田小六夫人
●寿子 本多猶一郎子爵夫人
●重国 次代当主
●重武 早逝
●経吉 平佐経吉となる 宇和島伊達家の娘と結婚
●幸子 松方正義公爵の孫松方勝彦と死別・作家獅子文六の3/3番目の妻


立つ左から 春子 重吉 元光 重国
座る左から 英子 重吉の妻寿賀子 幸子 経吉 寿子 重武 元光の妻芳子
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●寿子 本多猶一郎子爵夫人
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●幸子 松方正義公爵の孫松方勝彦と死別・作家獅子文六の3/3番目の妻

幸子&前夫松方勝彦
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幸子&後夫獅子文六
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岩田幸子 

元光は吉川本家には芳子一人なので、その人と縁組して本家の跡継ぎとなった。
芳子は母を早く失い私の母が育てたので、同じ屋根の下で兄妹のように育てられた。
しかしこういう婚姻はやはり不自然だったのだろう。
兄はピューリタン的な父とはおよそ違った人生を歩んでしまった。
一生職にも就かず贅沢三昧の暮しをうぃて、妾宅を行き来するような人生を歩んでしまった
気の毒な義姉は家付き娘でありながら、兄に従って一生を送った。
疎開の時もその妻妾二組が岩国へ来て住んでいた。
見まじきものを折にふれ目にするような日々で、いざこざが絶えなかった。

春子は華やかな性質で、義兄原田熊雄の友人で学者の和田小六と結婚した。
婚約者の姉の所に来るのに、
真っ赤なインディアンというオートバイに乗り鼻眼鏡のオシャレさんだった。

寿子の結婚相手は膳所の旧藩主本多子爵で、
姉妹中一番美しかった姉と義兄も評判の美男子で、
人目を引き、新聞欄に「夫婦雛が歩いているようだ」と書かれた事がある。
岩田は私の兄姉とも会わずに結婚したので、あの姉さんをもらえば良かったと残念がっていた。
私と違い、母そっくりの物静かな人だった。

経吉は気立ての優しい人で、相手が女の子だから余計控えめにするので
「ツネジイ、ツネジイ」とあべこべにいじめられ可哀想に思った事もあった。
兄は宇和島藩の伊達さんの妹さんと結婚し、平佐姓になった。
母は、おとなしい本多の姉とこの平佐の兄の事を死ぬまで案じていた。
子供の時から伝書鳩を飼い動物好きで、
結婚後は千葉にあった父の植林した土地で競走馬の牧場をしていた。

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◆吉川重国
1903-1996 明治36-平成08 93歳没

*イギリスに留学


■妻 福井松平慶民子爵の娘 綾子
1913-1985


●重昭
●和子
●重隆
●重恒


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岩田幸子

兄重国は当主となって昔から父代りであるためか、私を可愛がってくれた。
大学卒業後、イギリスに留学した。帰国後は宮内省の式部職に勤め、
海外の賓客の接待役として羽田に御出迎するのがいつもテレビに映った。
我が兄ながら素敵だと思って観たが、今も容姿を誉める人があるけれど、
あの頃の事を思うとがっかりしてしまう。

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by oMUGIo | 2004-12-04 00:00 | 武家華族
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