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島津長丸男爵家 薩摩藩系

◆島津久治 通称:島津図書
1841-1872 天保12-明治05 31歳没 
もと島津久光公爵の子 婿養子になる

*ピストル自殺


中央椅子が久治
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■妻 先代久宝の娘


●長丸 次代当主





◆島津長丸
1871-1927 明治04-昭和02 56歳没


■妻 島津珍彦男爵の娘 治子 イトコ結婚 
1878-1970 明治11-昭和45 92歳没

*女官長不敬事件を起こす
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●広子 財閥三井高修夫人
●泰子 二条厚基公爵夫人
●郷子 木脇一丸夫人
●澄子 谷正之夫人
●忠丸 次代当主 烏丸尊弘の娘隆子と結婚
●泰丸


●広子 財閥三井高修夫人 
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●泰子 二条厚基公爵夫人
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<女官長不敬事件>

大正11年、島津治子は東宮女官長に任命された。
大正天皇の死亡により東宮が昭和天皇になるに際して、
昭和02年治子も皇后宮女官長に出世した。
ところが夫の長丸が急死、穢れを嫌う宮中に喪中の身で務めることはできない。
治子は皇后宮女官長になって40日で宮中を去らなくてはならなくなった。

治子は宗教に救いを求めた。
始めは禅寺や明治神宮の【みそぎ会】など無難なものであったが、
だんだんと新興宗教にはまっていく。
三重県出身の角田ツネは産婆だったが、自分に霊感があると信じるようになり上京、
退役陸軍少将で霊界の研究者であった嘉悦敏が主宰する<きよめ会>に参加、
会員の婦人たちを次々と惑わせていた。
会員だった治子と政治家高橋保の妻ムツコも昭和07年頃からツネと親しくなる。
三人は【きよめ会】の会員たちを自宅に招いて会合を持った。
さらに治子は昭和09年頃からは【神政龍神会】を主宰する矢野祐太郎とも懇意になって、
予言や生霊死霊からのお告げをするようになる。

治子のお告げなるものの内容は
『今上天皇〔昭和天皇〕には前世の御因縁があり、
国体明徴維新の道は立て得られず、早晩崩御を免れない。
国体明徴維新の道を立つるには、
南朝の正統 故有栖川宮殿下の霊統を嗣ぐ高松宮を擁立せねばならぬ。
昭和維新の断行、神政の成就は、昭和15年に始まり20年に完成す』

昭和11年、治子は不敬罪で矢野・ツネ・ムツコらとともに逮捕される。
しかし治子だけはその立場から起訴は見送られ、
精神鑑定のうえ異常者ということにして病院送りとなった。
半年後ひっそりと退院し、以後人目を避けるようにして暮らした。
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by oMUGIo | 2004-12-03 00:00 | 武家華族
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