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三島通庸子爵家 官僚 その1

東京本邸
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◆三島通庸
1835-1888 天保06-明治21 53歳没
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■妻 士族柴山権助の娘 和歌子 バツイチ 三島と再婚 
1845-1924 弘化02-大正13
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妻妾同居・庶子多数のため代表的な子供のみ


●弥太郎 次代当主
●園子  秋月左都夫夫人
●峰子  牧野伸顕伯爵夫人→娘雪子は吉田茂夫人
●弥二  豊沢弥二となる
●竹子  日高栄三郎夫人
●鶴子  日野資秀伯爵の後妻
●千代子 西村寅三夫人
●シゲコ 中村進午婦人
●弥吉  財閥村井吉兵衛の娘久子の婿養子になり村井弥吉となる
●弥彦  オリンピック陸上選手 鍋島直柔子爵の娘文子と結婚
●弥十二 岡弥十二となる


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三島通庸の娘 牧野峰子 牧野伸顕伯爵夫人

世間ではお母様〔和歌子〕は大変きつい男のような人だと
思っている人が多いけれどもそうではない。
お母様は夫のためにはもう自分の身というものはない人なんでございますから、
ああいうきついことができます。
お父様が警視総監になられてから、
始終3人くらいの刺客が絶えず付き歩くのでございますからね。
夜の11時なると一人で仕込杖を持って怖いような樫の木の森を一回りお巡りになる。
朝お父様はぐるっと運動して歩く方。
それをまたお母様はそっと後ろから付いてお歩きになる。
博覧会とか人の大勢出る所においでになると、
人が笑っても構わない、いかなる所にいらっしゃるにもお母様は付いていらっしゃる。
博覧会に何かございましたかと伺いましても御存知ない。
ただお父様のお身体だけを見ていらっしゃる。


三島は塩原で倒れて東京に運ばれる。

お立ちは3時頃でした。ちょうど雨がどっと降ってきた。
我々はみな馬車で行きましたが、
お母様一人〔お父様の〕お籠のそばをお裸足でお歩きになった。
いくら「奥さん、あなたが死にますよ」と言われても「死んでもよろしい」とおっしゃって、
足袋裸足ならまだしも本当の裸足でびしょ濡れになって仕込杖をついてお歩きになった。
鉄道局でも心配してくださって臨時汽車を出してくださった。
それへお父様をそっと寝かせて東京までお帰りになった。
お母様という方は居眠り一つならさらない。じっと汽車の中でも起きていらした。
帯というものはお解きになったことはありませぬ。
60日の間、お床を敷いてお休みになったことはない。
お父様がお亡くなりになった時懐からお出しになったのは懐刀で、
もうこれは要らなくなったとおっしゃった。


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三島通庸の孫 土方梅子 土方久敬伯爵夫人

祖父通庸が鬼県令と言われた頃、祖母は刺客に備えて
県庁への往復を短刀を持って見守ったと聞いておりましたが、
私の小さい頃でも父の所へ政治向きのお客様がみえると、
必ず小さい刀をすぐ抜けるように構えて応接間のドアの所にたたずみ、
耳を澄まして中の様子をうかがっていました。


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三島通庸の孫 土方梅子 土方久敬伯爵夫人

穏やかな性格の夫に恵まれた母も、嫁の立場としては人間関係の気苦労が多い家でした。
祖父通庸は12人の子供を遺して他界しましたが、3人は妾腹でした。
ある時祖母が「お祖父様は何をしてお帰りになるか分からないから真っ先にお風呂にお入れして、
それからでなければお食事も差し上げなかったよ」と申しましたら、
母が「お祖母様、若い娘の前でそんな事をおっしゃるものではございません」と嗜めました。

牧野の叔母〔峰子〕などは
「お祖母様はどの子供もへだてなくお育てになってお偉いわ」と申しておりましたが、
子供の私の目から見ても一緒に住んでいた二人の叔父に対する扱いには格段の差がありました
小さい頃はなぜだかわかりませんでしたが、一人は祖母の子もう一人は妾腹でした。

特に牧野伸顕と結婚した叔母は隣に住み、毎日のように祖母のいるお離れに来ておりました。
峰子と園子は鹿鳴館の花形で、牧野伸顕は鹿鳴館で峰子を見初め是非にと言われましたが、
二女ですから長女より先に嫁入るわけにはいかないと断りましたら、
それでは自分の尊敬する先輩を紹介するからと秋月の叔父を園子に紹介し
二人の叔母の結婚が決まりました。
二人の叔母は学習院女子部第一回卒業生でしたが、
牧野の叔母は鶴の一声という感じで同窓会を牛耳っておりました。
牧野伸顕も是非にと望んで結婚した叔母でしたが、
その気の強さにはいささか困ったのではないでしょうか


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◆三島弥太郎
1867-1919 慶応03-大正08 51歳没
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■前妻 大山巌公爵の娘 信子 離婚 
1877- 明治10-

*徳富蘆花『不如帰』浪子のモデル


■後妻 四条隆謌公爵の娘 加根子
1873- 明治06-
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●通陽 次代当主 ペンネーム三島章道 
●寿子 阪谷希一子爵夫人 
●通隆 越英之介の娘隆子と結婚
●梅子 土方久敬伯爵夫人/ペンネーム土方与志夫人 


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娘 土方梅子 土方久敬伯爵夫人

祖母に「『不如帰』にはお祖母様はとっても意地悪だと書いてあるそうよ」と申しましたら、
「そうだってね。あれは慈恵医大病院長の高木兼寛博士が
「大山元帥の長女に良いお嬢さんがいらっしゃるから弥太郎どんのお嫁さんにどうか」
と言われたので、健康な方かとお尋ねしたらそうだとおっしゃるから
安心して来ていただいたんだよ。そうしたら間もなく肺結核になってしまって」と話しました。


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大村光子 四条隆英男爵令嬢/大村泰敏子爵夫人

加根子様は本家から来て御見識がおありになったもので、
〔分家の四条男爵家へ〕いちいち口が入ってきました(笑)
とてもしっかりしたおば様でした。

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◆三島通陽 劇作家三島章道
1897-1965 明治30-昭和40 68歳没

*フランスに留学


■妻 松岡均平男爵の娘 純子
1901- 明治34-
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●昌子
●謹子
●美弥子


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by oMUGIo | 2005-01-13 00:00 | 勲功華族
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