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三井男爵家 総領家(北家) 財閥 その2

●高朗 次代当主
●高猷 永坂町三井高猷となる
●涛  伊皿子家三井高生夫人
●喜野 新町家三井高辰夫人
●高弘 南家三井高弘男爵となる 伊達宗城侯爵の娘照子と再婚
●高保 室町三井高保男爵となる
●賢  柏原孫左衛門夫人
●高尚 五丁目三井高尚となる
●高棟 次々代当主


●高弘 南家三井高弘男爵となる 伊達宗城侯爵の娘照子と再婚
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●高尚 五丁目家三井高尚となる トリック写真/同一人物 
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●慶子 中御門経恭侯爵夫人
●高公 次代当主
●裕子 鷹司信熙男爵夫人
●興子 伊皿子家三井高長夫人
●高維 永坂町三井高泰の娘英子と結婚
●礼子 永坂町三井高篤と結婚・熟年離婚
●祥子 高辻正長子爵夫人


●慶子 中御門経恭侯爵夫人
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●裕子 鷹司信熙男爵夫人
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●興子 伊皿子家三井高長夫人
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●礼子 永坂町家三井高篤と結婚・熟年離婚
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●祥子 高辻正長子爵夫人
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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

三井高棟の二女裕子は、鷹司信熙男爵に嫁いだ。
戦災をまぬがれた結婚の記録『裕子様御慶事記録』によると、
縁談が持ちあがったのは裕子が14歳、
結婚式は7年後の大正07年、21歳の時である。
両家の間に縁談が持ちあがった発端から、
両家の同族会の評議を経て縁組の許可が下り、
嫁入り道具の準備をしつつ婚約の内約・御見合式・結納と進めていくには、
それだけの時間がかかるのである。

裕子の嫁入り道具の目録である『御道具帳』は、
『御手許御用品』 『抹茶器』 『文基、掛物、花生』 
『箪笥、長持、御納戸、火鉢、洋家具』 『和洋食器家具』 『雑品』 計6冊。

着物の数は250枚、帯60本、襦袢68枚。
貴金属は、宝石入りの帯留め10個、宝石入りの時計4個、宝石のペンダント5個、
宝石のネックレス3個、宝石の指輪10個、宝石入りのかんざし8個。
箪笥8、長持12、火鉢15、置時計8、ペルシャ絨毯など敷物類24枚。
花器50、掛物60、香炉などの置物19。
お茶のお道具だけで110項目、風呂敷80枚、琴・三味線・ピアノ。
「四書」「五経」から「百人一首」に至る書籍類、さらに人力車まで。

長女の慶子は中御門経恭侯爵に嫁いでいるが、
二女より長女の方が豪華なのが慣例だったので、
嫁入り道具は裕子よりさらに多かった。
慶子の持参金は大正05年当時で30万円だった。

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三井高棟の四女 三井礼子の証言

四女の私は姉たちに比べてお嫁入り道具も少なかったのですが、
中身は似たり寄ったりでした。
着物は一生着られるくらい持って行きましたし、
足袋も100足ぐらい持って行きました。
足の型を取り甲の高さを測って全部誂えでしたが、
いまだに履かなかった分が残っているほどですの。
ダイヤの指輪などは戦争の時に供出してしまいました。
持参金はあの頃のお金で20万円。
これも財閥解体の時に全部取られてしまいました。


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by oMUGIo | 2005-11-02 00:00 | 勲功華族
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