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徳川厚男爵家 徳川慶喜家系

◆徳川厚
1874-1930 明治07-昭和05 55歳没
将軍徳川慶喜の子
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■妻 福井藩主松平春嶽の娘 里子
1878-1955 明治11-昭和30 77歳没
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●喜翰  次代当主 詐欺事件を起こす
●喜福  大木遠吉伯爵の娘伸子の婿養子になり大木喜福伯爵となる
●喜好  詐欺事件を起こす
→子徳川泰章も会社の金を使い込んだうえ詐欺事件を起こし逮捕される
●喜知
●喜久子 平民多賀鉉之輔と結婚して除籍となる
●喜堅  次々代当主
●喜和子 戸田豊太郎と結婚離婚


●喜翰 次代当主 詐欺事件を起こす
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●喜福 大木遠吉伯爵の娘伸子の婿養子になり大木喜福伯爵となる
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●喜好 詐欺事件を起こす→子徳川泰章も会社の金を使い込んだうえ詐欺事件を起こし逮捕される
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●喜知
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●喜久子 平民多賀鉉之輔と結婚して除籍となる
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●喜堅 次々代当主
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●喜和子 戸田豊太郎と結婚離婚
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<徳川厚の轢き逃げ事件>

慶喜の息子たちはみな慶喜に似て趣味人で、趣味の範囲が広い。
しかし、慶喜と同じく趣味であろうと女であろうと、対象に凝りすぎ没頭しすぎる傾向があった。

厚もまた、乗馬・狩猟・ビリヤード・絵画などが玄人はだしだったといわれる。
厚が次に凝り始めたのが自動車の運転であった。
当時自動車は運転手に運転させるもので、持ち主自らがハンドルを握ることはなかったが、
厚は運転に夢中になる。

しかし大酒飲みの厚は、飲酒運転のすえ車を溝に落とすという事故を繰り返していた。
大正7年3月7日、厚は帝国ホテルで食事をして酒をかなり飲んだ。
夜7時頃、厚は男性を轢くがそのまま逃亡する。

通行人が通報して男性は病院に収容、全治3週間の重傷であった。
同じく通行人が通報した車体番号によって指名手配され、
車の中で泥酔していた厚が発見される。

厚が覚えていない、気づかなかったとひき逃げを認めようとしなかったうえ、
「そう荒立てるほどの事件でもない。
被害者には見舞金として15円ほどやったのでかえって喜んでいる」
などと言ったため世論が反発、
免許は取り上げられ、罰金刑に処され、宮内省から警告を受けた。

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<徳川厚の妻子による詐欺事件>

厚の三男喜好は名古屋で詐欺団を結成し、土地に関する私文書偽造詐欺を働く。
昭和8年7月7日、喜好に懲役2年の判決が下る。
ところがその後、母親里子と長男喜翰も共犯者であったことが判明。
里子は分家させられ、喜翰は逃げ回った。

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◆徳川喜翰
1897-1938 41歳没
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■妻 白井新太郎の娘 美代子
1908-





◆徳川喜堅
1907-1971 64歳没
先代喜翰の弟


■前妻 大藪守治の娘 すみ子
1912-


■後妻 木村辰夫の娘 智佐子
1928-


●前妻の子 喜壽
●前妻の子 喜昭
●前妻の子 喜忠
●後妻の子 喜永
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by oMUGIo | 2003-02-15 00:00 | 武家華族
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