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桂太郎公爵家 政治家 その1

◆桂太郎 総理大臣
1848-1913 弘化04-大正02 65歳没

*ドイツに留学
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ドイツにて
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■最初の妻 離婚


■2番目の妻 野田歌子 死別
 -1886  -明治19 


■3番目の妻 宍道貞子 前妻の兄の未亡人 死別
 -1890  -明治23


■4番目の妻 死別


■5番目の妻 可那子 酌婦【お花】
1875-1940 明治08-昭和15 65歳没
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●歌子の子  蝶子 医師長雄勝馬夫人
●歌子の子  与一 次代当主   
●歌子の子  茂子 小寺勝三と死別・長崎英造と再婚
●貞子の子  三郎 井上三郎侯爵となる
●貞子の子  潔子 政治家長島隆二夫人
●妾の子   輝子 官僚天岡直嘉夫人
●可那子の子 五郎
●可那子の子 寿満子 伊藤文吉男爵夫人
●可那子の子 新七郎
●妾の子    露子/真佐子 学者中村銀作夫人
●妾の子    勝子  芸者から学者武谷成直夫人


左から 太郎の妹駒子 寿満子 太郎 可那子夫人 新七郎 五郎 三郎
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『明治大臣の夫人』  明治36年出版

桂太郎公爵は妻には縁の薄い男と見える。
最初の夫人はなぜか離縁をなし、その次の夫人は5,6人の子供を遺して帰らぬ旅に行かれ、
3度目の夫人は前夫人の兄が未亡人で桂公爵はこの未亡人を迎えて後室とせられたが、
これも不運なことには亡くなってしまった。
4度目には素晴らしい美人を貰い受け、いざ安心と思う間もなくまたもや先立って死なれた。

現夫人は前後数えて5回目の妻で、かつて桂公爵が第三師団長に任ぜられ名古屋に赴いた折、
最初のほどは真面目くさっていたものの
こればかりは辛抱しきれなかったとみえて花柳の巷に車馬を馳せると、
いつしか御目にとまったのが土地に名高い香雪軒の【お花】と呼ぶ愛嬌のある娘であったとか。
さてこのお花が身分は何かと調べてみたら桶屋の一人娘、
故あって香雪軒に貰われ日々毎日万客の御機嫌を伺うのを常々の勤めとしていた。
立てば芍薬座れば牡丹なんともかとも申しようなき美形、
土地の鼻下長連は先を争って香雪軒に乗り込む始末に、
肝心の料理はさておきお花の磁石力は毎夜多くの客を満たし思いもよらぬ繁盛を致した。

桂公爵も美形のお花に接してからは
何となく可哀想なヘンテコな気が起こって時々香雪軒に車馬を停めたが、
とうとうお花と桂公爵との間に同盟条約が締結され、
ついに今日の公爵夫人が出来上がったのである。
そんな訳で10年前のお花が実家は見るも気の毒な侘住まいであったが、
今日この頃は打って変った境遇、贅沢三昧に世を送るのは実に幸せなものである。


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正13年07月02日

宮内官僚酒巻芳男

黒田清輝病気重体なり。清輝には正妻なく妾を正妻と為す事の希望あり。
宮内大臣牧野伸顕より相談ありたるゆえ、
「宗秩寮としては聞き届けらるる事は望まず。先例は二様になりおり。
これを許す方の先例は桂太郎の妻可那子は井上馨の養女と為りて結婚を許可されおり、
これを聞き届けざる例も最近にあり」との事を告げたるに、
宮内大臣は「これを拒む旨を告げ置くべし」と言いたり。


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◆桂与一
1882-1913 明治15-大正02 31歳没


■妻 新田忠純男爵の娘 テイコ
1887-1956 明治20-昭和31 69歳没


●広太郎 次代当主
●寿雄
●友子  進緯介夫人





◆桂広太郎
1908- 明治41-


■妻 白根松介男爵の娘 富美子
1918- 大正07-


●茂都子
●繁太郎
●栄二郎





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桂太郎の妾 芸者お鯉 安藤照子
1880-1948 明治13-昭和23 68歳没

14歳で新橋の芸者になり、
歌舞伎役者の市村羽左衛門に見初められて結婚するが離婚、新橋に舞い戻る。
山縣有朋の紹介で桂太郎の妾となる。
邸内には<お鯉の間>が作られ、妻妾同居となった。
桂の死後は仏門に帰依し、目黒羅漢寺の尼僧として生涯を閉じた。
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by oMUGIo | 2005-01-07 00:00 | 勲功華族
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