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曾禰荒助子爵家 政治家 その2

●安輔 次代当主 
●績子 林養三夫人
●寛治 芳川顕正伯爵の娘鎌子の婿養子になり芳川寛治伯爵となる
●豊三 銀行家中島宇三郎の娘美喜子と結婚
●又男 牧野勝従の娘光子と結婚
●吉弥
●敏子
●駒雄
●冬来


男性左から 寛治 又男 吉弥 豊三 績子の夫林養三
女性左から 寛治の妻芳川鎌子 テルコ夫人 豊三の妻喜美子 績子
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●寛治 芳川顕正伯爵の娘鎌子の婿養子になり芳川寛治伯爵となる
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●豊三 銀行家中島宇三郎の娘美喜子と結婚
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●又男 牧野勝従の娘光子と結婚
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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

曾禰荒助子爵は長州出身の一代で築いた勲功華族であった。
明治43年に荒助が死亡すると大黒柱を失った曾禰家に次々と不幸が襲う。

昭和3年に現当主安輔が死亡したためその嫡男昌孝が新当主となるが、
11歳であったため父の弟又男=荒助の四男が昌孝の後見役となる。
そのご四男又男と芳川伯爵家の婿養子となっていた次男寛治との間に
荒助が遺した骨董類をめぐって争いが起きる。
ちなみに芳川寛治伯爵の妻は
大正6年にお抱え運転手と心中して大スキャンダルとなった鎌子である。

まず寛治が曾禰家から骨董類を勝手に芳川家に持ち帰る。
そこで又男が仲間とともに芳川家から骨董類2万1800円分を盗んで
4200円で売り飛ばす。
ところが盗んだ骨董類は曾禰家から持ち出したものではなく芳川家伝来のものだったため
寛治は又男を警察に訴える。
又男は家宅侵入・窃盗罪などで昭和5年刑務所に入る。

そこで又男の余罪が明るみに出る。
A氏所有の金屏風をB男爵に売り込んでやると嘘の話を持ちかけて金屏風を騙し取った挙句、
取り返すために金が必要だとしてさらに700円も騙し取った。
また幼い当主昌孝の実印を勝手に使用してC氏から2000円の借金をしていた。

寛治は寛治で婿養子として芳川家に与えた損害の穴埋めをするために
曾禰家から荒助の銀の胸像を持ち出して売り飛ばす。
この胸像が店先に並んだことから一件がバレて、
『売り物に出た曾禰子爵の銀胸像』『まざまざ物語る名家の末』
などと新聞に書かれてしまう。

又男は自分の母光子と妹敏子と妻仲子4人で曾禰家の分家を成していた。
曾禰子爵家の現当主昌孝には扶養すべき母や多くの弟妹がおり、
出所してきた又男や分家の面倒を見る余裕はなかった。

そこで4人はかつて曾禰荒助と光子夫妻に恩のあった
真珠王御木本からの援助で細々と暮らしていた。
ところが昭和11年2月、母光子が死亡すると当然御木本からの援助が打ち切られる。

残った3人は集まった香典で生活していたが時間の問題である。
まず同年5月妻仲子が服毒自殺する。
さらに同年10月妹敏子が首吊り自殺する。
そして又男も同年同月に死亡しているが、死因は明らかでない。
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by oMUGIo | 2005-01-06 00:00 | 勲功華族
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