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二条公爵家 摂家

◆二条斉敬
1816-1878


■妻 伏見宮邦家親王の娘 恒子女王
1826-1916


●正麿 酒井忠義伯爵の娘鶴子と結婚
●利敬 宮橋利敬となる 東園基愛子爵の娘増子と結婚
●隆英 四条隆平男爵の娘駒子の婿養子になり四条隆英男爵となる 


●正麿 酒井忠義伯爵の娘鶴子と結婚
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◆二条基弘
1859-1928 安政06-昭和03 69歳没
もと公家九条尚忠の子
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■妻 金沢藩主前田斉泰の娘 洽子
1863-1925 文久03-大正14 62歳没


●実子 徳基
●実子 厚基 次代当主
●実子 邦基
●実子 敬子 鍋島直高男爵夫人
●庶子 澄子
●庶子 承子 平光寿夫人
●庶子 元基
●庶子 建基
●庶子 恭基
●庶子 敏基
●庶子 正基
●庶子 成基
●庶子 倫基


●敬子 鍋島直高男爵と結婚
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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

二条基弘は大資産家の金沢藩主の娘と結婚しており、
また公爵は華族中の華族として最低資産10万円が保障されているため、
経済的基盤は揺るぎないものであったが、基弘の浪費によって二条家は傾く。

基弘は何事にも精力的な性格で妾にも多くの子を生ませているし、
英語・書・詩歌・弓・鉄砲・馬・彫刻・茶・花などに凝った。
30歳近くになってからイギリスのケンブリッジ大学に留学して、
帰国してから凝ったのが政治である。
政治活動に資産を使い果たし、大正3年には40万円の借金ができる。
さらに借金を重ねて翌大正4年には100万円にふくれあがる。

二条家は基弘を隠居させ、息子の厚基を当主として借金の整理に苦労する。
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◆二条厚基●子供ナシ
1883-1927 明治16-昭和02 44歳没


■妻 島津長丸男爵の娘 泰子
1899-1936 明治32-昭和11 37歳没 




◆二条弼基
1911-1985 明治44-昭和60 74歳没
もと二条正麿男爵の子


■妻 多嘉王の娘 恭仁子女王
1917- 大正06-
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●昌子 梅溪通明夫人
●和子 飯田叡夫人
●基敬
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by oMUGIo | 2002-03-18 00:00 | 公家華族
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