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醍醐侯爵家 清華家

◆醍醐忠順
1830-1900 70歳没 


■妻 離婚


●庶子 忠告 次代当主
●庶子 忠敬 次々代当主
●庶子 忠貞 一条実良の娘良子の婿養子になったが、不品行のため離縁され醍醐家へ戻る
●庶子 好子 賀陽宮邦憲王妃
●庶子 親子 鶴殿忠善男爵夫人
●庶子 忠直


●好子 賀陽宮邦憲王妃
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●親子 鶴殿忠善男爵夫人
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萬朝報 明治31年08月02日

侯爵醍醐忠順はもはや69歳の高齢なれども有名の好色家にして、
さる24年より牛込区原町小菅キクの長女イネ(23)を妾としながら、
目下自邸にある雇女の
増田カネ(21)・石原トヨ(19)・前田ミサ(20)・宇田川ミネ(16)らに手をつけ、
いずれも3円以上15円以下の手当を与えつつあり。

その嫡男たる忠敬もまた侯爵邸に同居し、
京都市葛野郡花園村平民松室滝尾(40)なる妾を畜う。


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正12年07月04日

宮内官僚小原駩吉の台詞

鶴殿親子は賀陽宮好子妃の妹にて既に寡婦となりおるが素行修らず。
綾部の大本教を信じ綾部に行きおり。書状を好子妃に送り
「何人が何と言うても綾部に留まる。大本教を信ぜざれば日本国は亡う
と言う旨を申し来りたり。
鶴殿家の方より警察に依頼し綾部より寡婦を引き戻し只今は京都におるが、
精神に異常あるをもって精神病院に入るる事につき、
賀陽宮に相談に来り好子妃より自分の意見を問われ、
「病人を病院に入るる事は別に論なき事なるも、その子孫の婚姻にも関係する事につき
充分に親族会の諒解を求めたるうえ処置すべき」旨を申し遣しおけり。


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◆醍醐忠告
1848-1896 48歳没


■妻帯せず


●庶子 格太郎 叔父忠敬を射殺する
●庶子 賢次郎 日清戦争で戦死





◆醍醐忠敬
1849-1899 50歳没

*甥の格太郎に射殺される
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■妻帯せず


●庶子 為子 浅野忠純男爵と離婚・小倉英季子爵と再婚
●庶子 忠重 次代当主
●庶子 信子 水野忠亮子爵夫人
●庶子 静子 木辺孝慈男爵夫人


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<醍醐忠敬殺害事件>


※当時の総理大臣の月給は1,000円

麹町の屋敷には当主忠順と長男忠告一家と次男忠敬一家が暮らしていた。
長男忠告は病弱だったため忠順は次男忠敬を跡取りのように扱っていた。
本来ならば当主は忠順→忠告→格太郎と継がれていくべきと考える格太郎はこれが不服であった。
格太郎は遊興にふけり借金を作る。
勤めていた役所にまで借金取りがやってくるようになった頃に忠告が病死、
格太郎は役所も辞めて屋敷からも飛び出してしまう。

格太郎は叔父忠敬に何度か金を融通してもらっていたが、
度重なる無心のすえ拒絶されるようになる。
そこで借金は400円に膨れ上がる。

明治32年5月23日、進退窮まった格太郎は拳銃を持って麹町の屋敷に向かう。
忠敬は親友四条隆平男爵と談話中であった。
格太郎はいきなり部屋に入って忠敬を撃ち、さらにその場にいた忠敬の娘為子も撃つ。
四条男爵が格太郎を取り押さえ、格太郎は警察に逮捕される。
忠敬は死亡、為子は重傷であった。

この事件はスキャンダルとなるが、
格太郎は醍醐家の当主ではなく被害者も身内であることから爵位の返上は求められず、
忠敬の息子忠重が当主となった。
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◆醍醐忠重
1891-1947 56歳没
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■妻 毛利元昭公爵の娘 顕子
1898-1980 82歳没
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●清子 南郷茂重夫人
●充子 松平永芳子爵夫人
●和子 黒田長礼侯爵の子黒田長久夫人
●忠宜
●忠久
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by oMUGIo | 2002-04-04 00:00 | 公家華族
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