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梅溪子爵家 羽林家

◆梅溪通善
1821-1899


■妻 公家甘露寺愛長の娘 親子


●通治    次代当主
●寿子    神職紀俊尚夫人
●駒子/胤子 鍋島直大侯爵の前妻・本人死別
●通魯    次々代当主
●通弘    梅小路定行子爵の娘加寿子と結婚





◆梅溪通治
1831-1916


■前妻 公家坊城俊明の娘 明子/照子
1833-1883 


■後妻 公家植松雅言の娘 務子
1851- 


●前妻の子 通昌 早逝





◆梅溪通魯●子供ナシ
1864-1920
先々代通善の子
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■妻





◆梅溪通虎
1902-1984
もと松平家晃の子


■妻 仙石政敬子爵の娘 夏子
1907-1997


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池坊保子 梅溪通虎子爵令嬢/華道家池坊専永夫人

母の母は素子といい、素子お祖母ちゃまに恥ずかしくないように、それが母の規範だった。
母がまだ幼い時に死に別れた祖母、決して抱かれた事がなかっただろう祖母。
能力を発揮して宮中改革に手腕を振るった新華族の祖父より、
宮家に生まれ若くして死んだ祖母の血を母は誇りにしていた。

母夏子の一生は、結婚前は仙石の父に守られ結婚してからは夫に守られ
夫亡き後は溺愛した末の息子に守られた一生だった。
母は乳母を連れて結婚したような人だから、家事など一切できなかった。
晩年の父が一週間ほど風邪で伏せったことがある。
母は手一杯の洗濯物を抱え自宅の裏に住む峰子の所にやってきた。
「峰ちゃん、洗濯機ってどうやって回すか知ってる?」
「ママ、今まで洗濯はどうしていらっしゃったの?」
「だってパパがして下さるもの。パパは洗濯なさるのがお好きなの、ご趣味なのよ」
当り前のように答える母に、なんと幸せな奥様なのかと峰子は呆然とした。

私達子供にとっての母は決して【母親】ではなく、何よりもまず【父の奥様】であった。
私と母はいつもで父を真ん中にして、娘と妻ではなく一人の女性同士として向かい合っていた。
母は常に私に対してさえ女だった。父が私を溺愛する事を、母は常々嫌がっていた。
ついには父の人生の最期になって、お見舞いに私が訪れるのを拒みさえした。
弟は「仕方ないさ。ママと姉貴は、パパをはさんだ三角関係みたいなものだからさ」
と苦笑していた。

弟の東京転勤に伴い、弟夫婦は実家の庭に建てられた家へと移り住んだ。
以来30年嫁の裕美は舅の死を看取り、舅亡き後は姑と毎夕の食事を共にしてきた。
裕美は根が優しく、母にはよく気を配ってくれる。
通彦への愛情が濃く深い分、お嫁さんには心から寄り添う気持ちになれなかった。
母にとって学校は学習院しか存在しない。家柄についても同様である。華族しか眼中にない。
兄通明の妻昌子は母のイトコの娘であり、常陸宮様のお妃候補として取り沙汰された事もある。
そんな昌子は母にとって同じ世界で育った自分と同じ空気を吸って生きている仲間だった。
母は昌子と裕美に対する扱いをまるで変えていた。意識しない所で歴然と差別していた。
入院した母をお見舞いに二人のお嫁さんが訪れる。母は病身を伸ばしてきちんとお礼を言う。
「昌子さん、恐れ入ります。お忙しいのに」 自然と敬語が出ている。
母は弟の妻にはついぞ敬語は使わなかった

「ママ、車を買い替えたいんだ。ベンツにしようかなと思ってるんだけど」
通彦の言葉に母は素早く反応する。「それにしましょう。買ってあげるわよ」
母は愛する息子とドライブに行ける事に夢中になってしまう。
いつの間にか、古い家にはベンツが置かれていた。
時にはこらえきれずに、私達に愚痴をこぼす。
「裕美がついてくるのよ。彦ちゃんだけならいいのにね」 そう言って顔をしかめた。

父亡き後、生まれて初めて手にした自由になるお金を、
もともと金銭に淡白な母は鷹揚に使っていく。
母は用がなくても一日一回は買い物に出る。
きれいにお化粧をし、イヤリングを必ずつけ、オシャレをして、
家から歩いて数分の東急百貨店に通う。この日課は亡くなる数ヶ月前まで続けられた。
買い物は晩年の母のかけがえのない趣味、一種の生きがいになっていた。
毎日近くのデパートに散歩がてら出かけては何かしらを買って帰るという母の日課を、
弟は微笑ましく見守っていた。だが宝石を買い始めると、父の残した貯金を計算する。
面倒を看ている自分に託されているはずの残高は減るばかりだ。
やがて百貨店の外商に「母に売るな」と命じるまでになった。

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●通明  次代当主
●百合子 鏡山東之助夫人
●峰子  読売新聞社長正力亨夫人
●保子  華道家池坊専永夫人
●通彦  今井裕美と結婚


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池坊保子 梅溪通虎子爵令嬢/華道家池坊専永夫人

百合子は長兄と喧嘩しても一度たりとて負ける事がなかったくらい気性が激しく、
頑固で自己主張が強いしっかり者であり、
青味がかった大きな目が「外人みたい」と評判の華やかで美しい女性だった。

峰子は梅溪に家にあって必要不可欠な、しかし最も目立たない存在だった。
6歳の時に私が誕生すると父の寵愛は私に移り、
さらに通彦が生まれると母は他の子供達に見せたことのない情愛を彼に捧げた。

両親は当然のごとく夕食の支度を峰子の役割にした。
峰子はまだ高校1年生だった。夕食はいつも峰子の肩にかかっている。
出来上がったご飯を誰も感謝することもなく、当り前に口にするだけだ。
それどころか、父は容赦なくマズイとかぬるいとか苦情を言う。
私に至ってはガスでお湯を沸かした事すらなかった。
思い返せば父は家庭的な事を何一つ私にはさせなかった。

時にはお客様からいただいたケーキが食卓を飾る時がある。
4人のきょうだいは峰子がナイフを入れるのを固唾を飲んで見守っている。
「切ったのは峰ちゃんだから、選ぶのは一番最後だよ」と兄が遠慮会釈なく宣言すると、
他のきょうだいもうなずく。すべての労は峰子が背負い、彼女が得る益は少ない

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◆梅溪通明
1932-


■妻 二条弼基公爵の娘 昌子
1941-


●通生
●通久
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by oMUGIo | 2002-04-07 00:00 | 公家華族
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