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児玉源太郎伯爵家 軍人

◆児玉源太郎
1852-1906 嘉永05-明治39
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■妻 平民岩永秀松の娘 松子
安政03-


●秀雄 次代当主
●貞雄 平民江副廉蔵の娘シツコ
●友雄 中村雄次郎男爵の娘ミツコ
●常雄 木戸幸正の娘八重子
●国雄 中村覚男爵の娘節子
●芳子 官僚立花俊吉夫人
●仲子 穂積重遠男爵夫人
●八郎 平民山根文策の娘寿満子
●九一 大森鍾一男爵の娘幸子
●元子 画家藤田嗣治の兄/法学者藤田嗣雄夫人
●鶴子 木戸幸一侯爵夫人


立つ右端の軍服が児玉源太郎 立つ左から4人目の白い軍服が寺内正毅伯爵 
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●元子 画家藤田嗣治の兄/法学者藤田嗣雄夫人
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明治大臣の夫人 明治36年出版

さる27年事変〔日清戦争〕の時であった。児玉伯爵の当時の痴劇と言ったら、
かの伊藤公爵〔伊藤博文〕が官邸時代もかくやとばかり思うぐらい、
夜に至ると馴染芸者を推参させ、かねて手懐けた小使が案内でシッポリ濡れた露尾花、
阿呆と鳴く烏に驚かされ寝乱れ姿のしどけなく官邸を出る別嬪を見かけたことが少なくなかった。
この時の小使いという親爺はいまなお児玉の家へ養われてあるそうだが、
これは先年の恩義に報いるためとか。
しかしこの話が夫人の耳に入ったならきっとただは済むまいか、とそんじょそこらで噂とりどり。

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◆児玉秀雄
1876-1947 明治09-昭和22
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■妻 寺内正毅伯爵の娘サワコ
1881-1966 
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●貞子 婿養子を迎え次代当主とする


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

児玉源太郎伯爵は子供の教育には周到な用意を払った。
嫁を探すについても非常な関心をもってこれに当たった。
だが当人の心持にまで立ち入って干渉するような愚はせぬ。
誰でも本人の気に入った者を選ぶがよいが、
ただ児玉家は小姑が大勢いるからそれとも折り合いを上手くつける女を探せと言った。
秀雄氏も親父の言葉を承服して親子ともどもその条件に合った女を探したが、
いわゆる帯に短しタスキに長しで思うようなのが見当たらない。

寺内正毅伯爵の屋敷に内輪の祝宴が開かれて児玉父子もこれに招かれた。
寺内家にはサワコと呼ぶ娘があって、
長女ではあるが大勢の兄弟達と義理の母親との間に立って三方四方に心を配り
家庭の円満に努めているので当時評判となっていたが、このサワコが当日のお客の接待に出た。
その姿に目をつけたのが児玉伯爵であった。
寺内家から帰ってから「あの娘はどうか」とさっそく秀雄氏の意見を聞くと、
実は秀雄氏もサワコの淑やかな風姿に心を動かしていたのであったから、
「実は私もあれなら理想の嫁だと思っていたところです」というようなことで、それは面白い、
期せずして親子とも理想の婦人に邂逅したとはよくよくの巡り合わせだということになって、
さっそく先方にも掛け合った上とうとうサワコを秀雄氏の嫁にすることになった。

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◆児玉忠康
1898-1990
もと広幡忠朝侯爵の子 婿養子になる


■妻 先代の娘 貞子
1902-


●健
●進
●実
●博
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by oMUGIo | 2005-06-04 00:00 | 勲功華族
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