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都筑馨六男爵家 外交官

◆都筑馨六
1861-1923 万延02-大正12

*独ベルリン大学に留学
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■妻 井上馨侯爵の養女 光子 離婚


★妾 静子
1895-1969


●静子の子 忠春


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

井上馨侯爵の女婿で華族になった一人に都筑馨六男爵がある。
3年間の留学を終えてドイツから帰ってくると、
その留守中夫人の品行についてすこぶる面白からぬ噂を耳にし悶々の情に堪えなかったが、
相手は我が女房とはいえ今を時めく内田山の雷公の娘であるから
面と向かってその真偽をただす勇気はなかった。
ある晩親友を花屋に招待しその席上で一友人に向かい世評の真否を尋ねたところ、
友人はむしろ馨六男爵を揶揄した態度で、
「もしそれが事実であるならば貴公はこれを離縁する勇気を持ち合わせているか
おそらくその勇気はあるまい。それならばかようなことは尋ねない方がよかろう」
と言って聞かせた。

馨六男爵は純然たる官僚的の人物で頭の頂から足の先まで吏臭を発散し、
吏務の才能には長じているが民間の味は少しも知らず人情を没却している点で非難されている。
一人の旧友が馨六男爵のその私邸に訪問し、
世間話のついでに話がたまたま旧友のことに及んだ。
すると馨六男爵は言を極めて旧友達の意気地なさを嘲罵し
現在の自分を昔の太閤に比ししきりに高慢ぶるので、
訪問した友人はぐっと癪に障り「貴様が現在の自分を以って太閤に比するならば、
貴様の舅の井上はおそらく帝王を以って自任するであろう。
こんな大馬鹿野郎と知ったらわざわざ訪問するのではなかった」
と痰を吐きかけて怫然として辞し去り、その後この人は重ねて馨六男爵を訪問しなかった。


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年04月13日

倉富&弁護士松本重敏の会話

松本◆都筑馨六男爵が妻を娶らんとするが、
その婦人は17,8歳の時【紅葉館】の酌婦となりおりたる事あり。
その婦人との間に7,8歳の男子あり。
その婦人を正妻と成さんと欲するが、宮内省にて許可させらるべきか。
もしこれを許可せられざるならば、本人は「既に60歳以上なるにつき
隠居したるうえ別籍して華族を辞め、その上にて結婚せん」と言い居れり。
倉富◆都筑には妻あるにあらずや。
松本◆不都合の事ありて離婚したり。内縁の妻を正妻と成す事については、
先頃井上勝之助侯爵が都筑の家に来りたる時これを話したるに、
井上は「それは出来がたき事」と言いたる趣なり。


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倉富日記 大正12年04月16日

倉富&松本重敏の会話

松本◆都筑馨六、病篤し。静子は身分賤しく正妻と為す事は宮内省にて承認せず。
都筑としては是非これを正妻と為し、都筑の死後は遺族扶助料を受けしめたき希望なり。
よりて都筑は隠居を為し、その上にて分家を為し、有爵者にあらざる事になれば
宮内大臣の許可を受くる必要なき事になるをもってその手段を取りたいと言いおる。
倉富◆都筑が隠居を為す事は妨げなかるべきが、相続人たる忠春は幼年にあらざるや。
かつ忠春は私生児と為りおるにはあらざるや。
松本◆年齢は11,2歳なるべし。私生児にはあらず嫡出子と為りおれり。
忠春の生まれたる時までは先妻の離婚前なりしをもって妻の所出となりおるなり。


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◆都筑忠春
1915-


■前妻 山縣有道公爵の娘 美枝子 離婚・日笠百勝と再婚
1917-1983 

忠春&美枝子
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■後妻 片岡恒太郎の娘 明
1918-
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by oMUGIo | 2005-06-08 00:00 | 勲功華族
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