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内田康哉伯爵家 外交官

◆内田康哉
1865-1936 慶応01-昭和11
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■妻 実業家土倉庄三郎の娘 政子
明治04-

*アメリカに留学
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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

明治の官界で一外交官からいち早く大臣となったのは内田康哉伯爵である。
我が在外使臣の交際費は極めて貧弱で、
到底列国使臣の間に立って対等の交際をすることはできなかった。
彼の舅は山林王土倉庄三郎である。内田伯爵はこの財力の後援があったから、
北京でもウィーンでもワシントンでも夫婦同伴で社交場裡に活躍することができた。

夫人はアメリカ仕込みの女権論者で、結婚当時は既に30を過ぎたオールドミスであった。
初め内田伯爵は舅の金を掴み出して盛んに柳暗花明の巷に豪遊を試み、
いたるところ「ゴムちゃん」の名でもてはやされたものだ。
北京公使時代には乱酔して陸軍の一武官と格闘し、
それ以来夫人の厳命によって一時禁酒したこともある。

有名な大酒家で、酔えば必ず水滸伝的の蛮行を演じたものだ。
ある時新橋の料亭で飲んだが、
その隣室には壮士芝居の元祖川上音二郎が大勢の弟子と一緒に飲んでいた。
なにかのことからこの二人の間に喧嘩が始まったが、川上の腕力が優れていたと見え
大兵肥満のゴムちゃんも散々に打ちのめされほうほうの態で逃げ出した。

同じ頃築地の瓢屋で乱酔し座敷の障子を滅茶滅茶にしたから、
女将は驚いて損害賠償を要求した。ところが彼は女将の言を退け、
「なに、いまに俺は大臣になるからその時銀の障子をこしらえてやるさ」と豪語したものだが、
大臣にはたびたびなっても約束の銀の障子をこしらえたことは聞かぬ。

またこんなことがあった。犬養大石などという豪傑連が牛鍋会をやって
盛んに天下国家の事を論議しているところへヒョッコリ内田伯爵がやってきて
いきなり盃を取って鍋の中へ投げつけたから熱汁は四方へ飛んで大騒ぎとなった。
その席に柔道三段の一豪傑がいたが、内田伯爵の乱暴に立腹し座中一切の物を片づけ
「喧嘩なら死ぬまでやれ、骨は俺が拾ってやる」と言い出したので、
彼は酒の酔いも一時に醒めコソコソと逃げ出した。

酒から始まったこの種の物語はこの他にもたくさんあるが、
素面の時の彼はその天性が女性的であるだけに若い頃から猫のように素直であった。

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by oMUGIo | 2005-05-14 00:00 | 勲功華族
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