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有馬子爵家 吹上藩主

◆有馬氏弘 最後の藩主●子供ナシ
1850-


■前妻 本堂親久男爵の娘 釟子 離婚
1857- 


■後妻 岩村藩主松平乗喬の娘 敏子 結婚3回
1852- 

*有馬氏弘と結婚→上杉茂憲伯爵と再婚離婚→井上佐平次と再々婚





◆有馬頼之
1870-1917
もと久留米藩主有馬頼咸の子


■妻 丸亀藩主京極朗徹の娘 藤子
1871-1943


●聡頼 次代当主
●宗嗣
●宗英 慈光寺宗英となる
●雪子 綾小路護子爵夫人


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正08年02月09日

有馬伯爵家家令橋爪慎吾の台詞

「聡頼の弟にて慈光寺の養子になりおる者〔宗英〕不行跡につき
有馬頼寧伯爵より説諭することを話しおきたるところ、
自分が不行跡につき心苦しと言いおりたる」

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◆有馬聡頼
1894-1976


■前妻 実業家東松松兵衛の娘 勝子
1900-


■後妻 明畠村吉の娘 イトコ
1906-1989


●愛人の子 芳治 除籍
●前妻の子 賢子
●前妻の子 慶子


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正09年02月29日

藤子夫人の台詞

「息子聡頼は昨年暮までは非常に品行よろしかりしところ、
今年01月頃より外泊多くほとんど自家にて晩食を喫することなき有様なり。
やはり芸妓に関係し負債も既に出来しおり
あるいは先年関係したる玉突屋の女に再び関係したるやにあらざるやと思い
少しく取り調べてみたれども、その方にはあらざる模様なり」


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倉富日記 大正09年02月03日

倉富&有馬伯爵家職員有馬秀雄の会話 (有馬秀雄は有馬家の家族ではなく単なる職員)

倉富◆聡頼が近頃不品行なる話を聞きたり。
有馬◆聡頼の相手が先年の婦人ならば困ると思いたるも、
左にあらざる模様につき自分に責任なし。
倉富◆左様なる訳には行かざるべし。とにかく困りたる人なり


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倉富日記 大正09年03月04日

倉富&有馬秀雄の会話

倉富◆聡頼の愛人はやはり先年関係したる人なる趣にあらずや。
有馬◆左様なり。
倉富◆如何にして左のごとく思うや。
有馬◆先年の情婦か芸妓かをなしおる葺町につき本人が気づかざる様にして内偵したるところ、
27,8の有馬という人が時々遊びに来ると言い、
その年齢といい氏といい他に左様の人ある訳なし。聡頼に相違なしと思わる。
母藤子夫人の話に「聡頼は03月01日より昨日まで一度も自宅に帰らざりし」由。
ただしあまり厳しき事をなしまた先年のごとき事(情死未遂)をなしては困るにつき、
その辺の斟酌は必要なるべし。
倉富◆実に困りたる事なり。


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有馬頼寧伯爵の日記 大正09年03月08日

聡頼さんが相場で失敗して、しかも女ができたため近頃はまるで家に帰られぬので、
先日から橋爪と心配しているけれどなかなか分明せぬ。
無理をすればまたこの前の様な事になる。
なんとかあまり大きくならぬ様に始末したいものである。


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倉富日記 大正09年04月27日

倉富&有馬伯爵家職員橋爪慎吾の会話

橋爪◆聡頼は新橋の芸者を廃業せしめ代々木に住居せしめおり。
家に帰らず金銭の出入りも話さざる末、4千余円を費したる計算書を出したり
倉富◆予は聡頼を保護する必要なかるべしと思う。


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倉富日記 大正09年06月07日

有馬頼寧伯爵の言葉

聡頼が橋爪に話したる所と芸妓が橋爪に話したる所とはよほど異りおり。
芸妓の方は間もなく聡頼の妻となるつもりに考えおる由なり。
本家より援助を受けおりながら妾宅を構えさせ
虚言をもって糊塗する様な事にては致し方なきゆえ、
処置する旨を本人に話したらばよろしからんと思う。
聡頼は子爵を辞むる事を決心し芸妓と結婚するならばそれにてよろし。
子爵家には弟宗嗣もあるゆえ、それにてよろしからんと思う。


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倉富日記 大正09年07月08日

橋爪慎吾の台詞

聡頼が妾となしおる者は新橋の芸妓ということなりしが、
人を横浜に遣わし探索せしめたるところ、吉原にて娼妓をなしおりたる者なる由。
聡頼はいよいよ乱妄となり、母に対し妾を本邸に入るる事を請求し、
自分に対しては「華族を辞めて自由生活を営むことを望む」と言えり。


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倉富日記 大正09年09月05日

倉富&有馬頼寧伯爵の会話

頼寧◆自分の考えにては子爵家を立つるならば婦人と手を切らざるべからず。
婦人と手を切ることができざるならば子爵を辞むるより他なし
子爵たる人が娼妓を妻とするということはできず。
先年の情婦はこれを夫人としてもよろしと思いたれども、
この節の者はどうしてもその様の訳にいかず。
左様の事より醜状を暴露する様の事となりては困る。
倉富◆聡頼の事につきては予はもはや考えなし。
先年かのごとき事をなして、またまたこの節のごときある様にては何とも致し方なし。
一種の病と言うより他なけれども、数年間謹慎できたる所にては必ずしも病気とも言えず。
ともかく困りたることなり。


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倉富日記 大正09年09月29日

倉富&橋爪慎吾&有馬伯爵家相談役境豊吉の会話

境◆聡頼は「今の妾は品性下等にて長く同居する考えなく暇を遣わす考えなるも、
今すぐには暇を遣わす事は不可なり」と言い、
また「自分は他の干渉を受ける事を好まず。親族間の交際・仕事仲間の交際もこれを好まず」
と言いたるにつき、懇にその不心得を諭したるもその効なし。
やむを得ずなお肯かざれば有馬家よりの補助も断然止めることにすべしとの内儀をなしたるも、
かえって反抗の態度を取るようになり
倉富◆聡頼の事については初めより断念しおれり。
聡頼は先年生命までも捨てる決心をなし、その後資産に不相応なる金を損うて縁を絶ち、
それにも関わらずさらにこの節のごとき事をなす以上は到底悔悟の見込みなきものと思いおれり。
よりて適当の手段あれば聡頼の戸主を廃し、
その弟宗嗣をして子爵家を継がしめる方よろしと思えども、廃戸主の手段なし。
ゆえにそのまま放任するより致し方なし。
ただし本家より生計の補助を受けて左のごとき事をなすはいかにも不都合千万なるゆえ、
本家の補助だけは止めることに致したし。
橋爪◆補助を止めることは頼寧も希望しおられるも、
補助金は聡頼の母および妹雪子の生計費に充ててあるゆえ、
これを止めれば母妹の生計に差し支えを生ずる事となるゆえ補助を止めることもできがたし。


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倉富日記 大正10年10月16日

聡頼の母藤子と議を尽くし、もし頼寧より忠告しても聡頼が品行を改めざるならば、
本家より聡頼に対する補助金を止め、かつ聡頼が十五銀行に勤務する事につき
頼寧が保証人となりおる事も止むる事となすべき事に申し合せたり。

藤子夫人しいて予らを留む。洋食を供す。味美ならず。酒また悪し


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倉富日記 大正13年08月24日

有馬聡頼の台詞

本年06月頃より自分の結婚談始まりたり。
先方は名古屋の東松松兵衛と言い貯蓄銀行の頭取を勤めおり、
名古屋にては相当の地位ある人にて三女勝子が此節の縁談の者なり。
自分の事はもちろん家計ならびに自分の庶子芳治の事などまで
先方にて充分に調査したる上の話にて、
先方より3個の条件を提出し、自分の方よりは今日の状況条件など提出する訳にいかず。
先方の第1の条件は、母は別居しその生計費は自分方にて負担する事。
その理由は大名などにはそれぞれの家風あり。母は京極家より来りおる趣につき、
同居したる上にて嫁が家風に合わずと言う様なることになりては双方とも面白からざる故。
娘には持参金は遣さざるも夫婦の生計は東松家の方にて引き受くる事とすべく、
母の事まで引き受くる事は困る事につき、家計を整理して生計の立つ様にせられたしとの事。
第2は、弟宗嗣の費用は東松家の負担に属せざる様にしたしとの事なり。
これは既に今日にても自分より支弁せざる事を本人に申し聞けおり、
同人の事については東松家を煩わす事なき旨を言明しり。
第3は庶子芳治の事にて、今後夫婦間に子供できたる時は如何するやとの事なり。
これは法規の定むる所に従うと言い置きたり。
左の次第にて双方の意思まとまり先方より自分の身体検査を為し、
こちらにても嫁たるべき人の身体検査までも為し、
双方に身体の故障なきにつき今後談は進行する事となるべし。
自分これまで種々の失策を為し、このままにて経過すれば一新の時期もなく、
この談がまとまればこれを機会として心機を一転し、これまでの不信用を挽回するつもりなり。


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by oMUGIo | 2004-06-14 00:00 | 武家華族
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