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東久邇宮家 その3

≪東久邇宮稔彦王フランス留学から帰国しない事件≫


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正08年01月07日

*倉富は東久邇宮家の宮務監督も務めていた。

陸軍大将仁田原重行子爵&宮内大臣波多野敬直の会話

仁田原◆東久邇宮稔彦王殿下外遊の御希望あり。
波多野◆外国の都合さえよろしくば、
いつにても御外遊なされてよろしかるべき旨申し上げおきたり。
ただしアメリカは華族の遊学にても好ましからざる事情あるにつき、
殿下もアメリカに御外遊なさるる事はよろしかるまじき旨を述ぶ。

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倉富日記 大正08年05月09日

稔彦王&宮内大臣波多野敬直子爵の会話

稔彦王◆フランスに留学し、
一年ばかり経過したる後イギリスに赴き同国宮廷の模様等を視察したい。
波多野◆さすれば3年ぐらいを費やすことになりしにつきよろしからん。
稔彦王◆それならばその趣を陛下に奏しおきくれよ。
波多野◆宮内省として希望するところは、イギリスの皇族などが
いかに皇室と人民との間に立ちて力を尽くしおるや等を研究してこられたきことなり。
軍事などはもはや外国に御学成さるる必要はなきにあらざるや。

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倉富日記 大正08年05月11日

稔彦王の台詞

一年半ばかりフランスに遊行し陸軍大学に入り軍事を研究し、それよりイギリスに遊行し皇族等の上流人が如何様にして力を国事に尽くしおるかを究め国交上にも幾分の裨益をなさんと欲しおるが、
イギリスとフランスは敵対の間柄なるにつき、予がフランスに学びたる後イギリスに遊行し、イギリスにて予を歓迎するや否なの懸念ありたるゆえ、井上勝之助を召いて意見を問いたるところ、井上は大いに予の意見に賛成し「フランスに御遊行ありてイギリスに御出でなくしてはかえってイギリスの感情を害することになるべし」と言いたるゆえ、さらに宮内大臣を召いて意見を問いたるところ、これも大賛成にて「軍事はもはや特に外国に御学びなさるる必要なかるべく、主として第二の目的の方を御研究なさるることを望む」ようの話をなせり。
左様の次第にて予の方針も決したるゆえ、早ければ来年冬頃、遅ければ再来年春頃に出発するつもりなり。

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倉富日記 大正08年09月16日

倉富&東久邇宮付事務官金井四郎の会話

金井◆東伏見宮の御洋行は宮内省より26万円を支出したる由。
倉富◆東伏見宮の洋行は公式の使命を帯びられたるもににて東久邇宮の留学とは全然異なるゆえ、
左のごとき事と同様の支出を望むは不当なり。先年来皇族留学の例は幾らぐらいの費用を出しあるや。
金井◆1年2万5000円ぐらいならん。
倉富◆大体はその方が標準なるべし。

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倉富日記 大正09年03月23日

金井四郎の台詞

稔彦王の洋行に関する費用は随行者の分を合わせ29万円を要求しおきたるが、
内蔵寮そのうち7万円を削減する意見を立て、7万円の削減はあまりに多きに過ぎる様なり。
今後の都合にてはあるいは援助を求むる事もあるべきにつき含みおきくれよ。

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倉富日記 大正10年02月17日

金井四郎

金井◆稔彦王洋行の期限は3年の希望なりしところ前大臣が「まず2年と致しおき2年過ぎたる後1年の延期を願われたらば必ず勅許あるよう取計べく自分の在職は必し難きもその時は後任者に申し継ぎおくべし」と言い、この事については君も保証人となり、石原健三も同様なるところ、3人とも職を去る様の事ありては誰もこれを知る者なく他日困るべきにつき書面にてこれを証しくれる事はできざるや。
倉富◆その事は確かにこれを聞きおれり。もし予が職を去る様の事あらば後任の大臣にもこれを話しおくべく、また書面も作りおくべし。

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倉富日記 大正10年08月05日

金井四郎
金井◆フランスの稔彦王より留学の期間を4年に延ばしたき旨の書状を送り越されたり。
倉富◆稔彦王御留学は表面は2年にて後1年の延期は波多野が確約したる事なるが、
実は3年の留学も懸念しおる所なり。北白川宮成久王・朝香宮鳩彦王の留学問題もあり、
稔彦王のみ4年ということは宮内大臣として取計がたかるべし。
実際より見ても3年にてよろしくはなきや。聡子妃の御考えは如何。
金井◆聡子妃には自分より伺いたるところ、4年にてもよろしとの事なりし。

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倉富日記 大正10年09月21日

東久邇宮家宮務監督村木雅美
村木◆フランスの稔彦王より書状にて「フランス留学は4年の予定にて、その事は波多野敬直がこれを承知しおり。倉富もその証人なり」との趣を申し越されたるが、自分が聞きおる所にては3年の予定なる様なるが如何。
倉富◆しかり。4年という事はなし。
村木◆殿下は初めは3年間のうち終りの1年間ぐらいはイギリスに行きて帝室と人民との関係などを研究せらるるつもりの様なりしが、近来の御書状にてはその事も模様替えとなり終りまでフランスにおらるるつもりの様なり。
倉富◆殿下は今も絵画を研究せられおるや。
村木◆しかり。
倉富◆それは良き事なるも、あまり吹聴する訳にはいかざるべし。
ともかく軍事研究が目的なるゆえその目的を忘れられたる様の評判なき様にする必要なるべし。
村木◆しかり。

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倉富日記 大正10年09月26日

金井四郎
金井◆フランスより稔彦王が送られたる書状あり。
倉富◆先日村木よりその話を聞きたり。村木も4年の事はこれまで聞きたる事なし。
金井◆4年説は殿下が熱心なるゆえ出来る事ならば4年と為したし。
従来は外国人には陸軍大学校後隊付となる事は許さざるる事となりおるも、
稔彦王には特にこれを許す事とすべき旨を話したる由なり。
しかれば来年10月に卒業しその後隊付となり1年間を費すとすれば、3年にては不足なり。
倉富◆その事は宮内省にては言い難し。
陸軍よりその事を理由として4年説を主張せば、あるいは行われざる事もなかるべし。
金井◆4年説が如何にしても行われざるならば、終り1年間私費にて滞在せらるる事はできましきや。
倉富◆宮内省が4年を承知せざる事とならば、その理由は費用の為とは言わざるべし。
費用の為に許否する事はできざるべし。

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倉富日記 大正10年10月07日

西園寺八郎
八郎◆朝香宮鳩彦王は真直ならず。北白川成久王は時として軽々しき事あり。
倉富◆稔彦王がパリにて皇太子に対して為されたる事を伝聞したるが、これは実に意外の事なりし。
八郎◆畢竟稔彦王の誤解より出でたるものなるべし。幸いに皇太子の御話にて誤解も解けたる模様なるゆえ、帰朝の上は必ずよろしからん。溝口某よりの来書にても、殿下もかの時の事を悔いおらるる旨を申し来りおれり。

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倉富日記 大正11年01月11日

金井四郎
フランスの溝口より電報にて、稔彦王の滞仏期間・聡子妃の渡仏期間等を殿下に謀らずして定めたりは不都合なりとて殿下が怒りおらるる旨申し来りたり。
自分よりは予算の事については意見を述べたるも左の事については何事も言わざる旨返電を発しおきたり。
殿下は本年10月陸軍大学を卒業せられたらばその後2,3ヶ月ぐらいフランスに滞在せられ、イギリスにて相当の期間を送られ、各国を巡遊して帰られたらばよろしからんと思う。
それにつき宮内省よりは3年間以上の費用を出さざるべきにつき、先年皇室より下賜されたる50万円の内10万円ぐらい支出する事を許されまじくや。
倉富◆稔彦王がイギリスの事情を視察する様の気にならるるならばそのぐらいの詮議はできるならんと思わるるも、殿下出発前の予定を変しフランスにのみ滞在しイギリスに行かずと言わるる様にてはいよいよ速やかに帰国せらるべしとの事になるならんと思う。
金井◆稔彦王は7,8ヶ月間はイギリスに滞在せらるるつもりにて出発せられおるゆえ、イギリスに行かざれば済まざる訳なり。ぜひとも予定の通りになさる様になす必要ありと思う。
倉富◆稔彦王は陸軍大学を卒業したるうえ参謀本部付とならるるつもりとの事なるも、予は左様の必要なしと思う。
金井◆参謀本部付は上原勇作も不同意なり。上原は「北白川成久王・朝香宮鳩彦王の様なる方が外国に行かれて何になるものか」と言いおりたり。

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倉富日記 大正11年02月23日

金井四郎来り、フランスの稔彦王より金井に送られたる書状を示す。書状は『宮内大臣が自分に謀らず勝手に聡子妃渡仏の事およびその期日を定め予算を立てたるは不都合なり。自分は如何なる事ありても不合理の事には服する事あたわず。ゆえに妃の渡仏は断然これを止め、たとえ御沙汰がありても承諾せざる』旨を記しありたり。
倉富◆これは稔彦王の誤解なり。聡子妃洋行費の予算の事は君らは少しも関係せざりしや。
金井◆妃殿下の予算には少しも関係しおらず。
倉富◆殿下の滞在は3年間にして、御帰朝前には妃殿下も御洋行なさる事が決しおる以上は宮内省としては今年の予算にこれを計上するは当然の事にあらずや。
金井◆その通りなり。この事は殿下も了解せらるべく、格別の事にはあらずと思う。
この書状と同時に、妃殿下にも村木雅美にも来書あり。大意はこれと同様なり。

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倉富日記 大正11年03月08日

山辺知春
倉富◆北白川宮成久王御着後、稔彦王へ御面会の事について何も御通知なきや。
山辺◆何も通知なし。御付武官よりの書状にては、稔彦王付武官に相談しても何の相談にも応ぜざるゆえこの頃は相談せずと申し来り、よほど不平の模様なり。


金井四郎
金井◆もはや宮付も嫌になれり。辞めたし。
倉富◆稔彦王より帰朝までは勤続する事を希望せられたにあらずや。
金井◆殿下先日の書状の如く妃殿下の洋行を止めらるる様ならば、自分は辞めるよりほか致し方なし。
倉富◆その事にならば、それよりほか致し方ならん。
金井◆宮内省にて妃殿下洋行の予算を作りたる説明は自分より書状にて通知しおけり。それにて釈然とならるるや否やは分からず。
倉富◆殿下は妃殿下の洋行は一家の私事なるに宮内省が無理に洋行せしむる様に申し越されるも、
妃殿下の洋行は決しおる事にて、溝口よりの書状にも準備費として50万円も必要なるべき旨申し来りおるにあらずや。洋行の事は既に決定し、殿下の滞在は3年と定まりたれば、今年の予算に妃殿下の洋行費を計上するは必然の事なり。ただしその金額は溝口の考えと非常に差があるゆえ宮内省にて見込を立てたる模様なり。

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倉富日記 大正11年06月23日

フランスの稔彦王が、宮内大臣が聡子妃の洋行費用を勝手に予算に計上したりとて怒り、宮務監督村木雅美・事務官金井四郎らより度々弁明の書状を出すもその怒り解けざるにつき、村木らよりその事情を宮内大臣牧野に報告する事を申し出し、村木より牧野に稔彦王と往復したる書簡・電信を示しその事情を説明す。
結局今日に至りては書状の往復等にて殿下を諒解せしむる見込なし。誰か適当なる人をして充分に説明せしめみるよりほか致し方なし。しかし殿下の真意はなるべく長くヨーロッパにある事を望まるるよりの事なるべく、
全体はさほど悪しき事にはあらずとの考えになりたる様なり。

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倉富日記 大正11年07月05日

西園寺八郎
西園寺◆稔彦王が聡子妃の同行を肯んぜられざるため宮内省より松平慶民を遣し説得せしむるつもりなる趣なるが、これはよほど困難にて承諾を得る事はでき難からんと思う。
倉富◆予も同様の考えなり。何人が稔彦王に説きたりとも所詮承諾を得る見込なし。ゆえに予は3年の留学期限を1年延ばす事は初めよりこれを覚悟し、この際は何事も言わず殿下が物寂しく思い幾分か考えの動きたる時機を待ちて説く方よろしくはなきやと思う。もっともこれも予の見込だけにて、いつまで待ちても殿下の考え変わらざるやも計り難けれども、只今すぐにかれこれ手を着けてはなおさら反抗心を挑発するならんと思い当分放任する意見を関屋に談したるも、関屋は談しさえすれば了解を得べしと言い、しきりに着手を急ぎおる模様なり。ことに内親王の関係もある事につき、予はこの際譲るだけは譲りても円満に結了せしむる必要あると思う。
西園寺◆まったく同感なり。松平にもそれだけの覚悟を為さしめおく必要ありと思う。もし初めより喧嘩する様の事ありては致し方なし。自分は皇族中にて四内親王の関係ある四宮だけはぜひとも宮内省と一致の行動を取らるる様に致しおく必要ありと思う。これまでの如く各皇族とも不平ありては何事も為し難し。

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倉富日記 大正11年08月10日

松平慶民
自分の弟のドイツにいる者〔徳川義親侯爵〕より山辺知春に送りたる書状あり。
その書状に北白川成久王の近状を報じ来れり。書状には御付武官太田和三郎がよろしからざる事を報じ来り。太田は婦人関係あり。成久王だけは町尻量基および北白川宮付属官水戸部孚の尽力にてその関係だけは止めおる旨を申し来りおれり。

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倉富日記 大正11年08月16日

松平慶民より貸したる書状の内の、徳川義親より二荒芳徳に送りたる物を見る。
『成久王付武官太田和三郎品行よろしからず。ことに婦人に関する不品行あり。この如き者を御付武官に為しおきては少しも益する所なくかえって有害なり。幸いに町尻量基・水戸部孚とありれ親切に成久王を保護しおるにつき今日までは安心なり。なるべく早く太田を取り替ゆる事の工夫をなされたし。房子妃の渡欧前に更迭する必要あり』
次に徳川義親より山辺知春に送りたる物を見る。
『成久王が来年4月頃よりイギリスに行かるる予定なる趣なるも、自分はこれに賛成せず。成久王はフランスにおらるるもフランス語は不十分なり。来年4月頃までフランスにおられても決して自由にフランス語を話さるる様にはならず。イギリスに行かれるればさらにABCより学ばれざるべからず。それはいわゆるアブハチ取らずに終わるるは必然なり』
2通とも稔彦王のことをちょっと書き加え、二荒に送る物には『成久王が稔彦王の如くなられては困る』との趣意を書し、山辺に送る物には『稔彦王はだいぶ深入りせられおる模様なり。留学生などの評判にてはその処置が困難なるべしとの事なる様なり』と言う事を申し越しおれり。

倉富◆この書状によれば、稔彦王には婦人の関係ある様なり。こちらの関係ならばその解決はかえって容易ならんと思わる。
松平◆あるいはしからん。自分がフランスに行きたらば様子分かるならん。

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倉富日記 大正11年08月25日

松平◆宮内次官関屋貞三郎より「君がフランスに行きたるうえ稔彦王に対する態度を書記して宮内大臣に示すべし」と言うにつきこれを書きたり。一覧しくれよ。
『松平は公務を帯びて来りたるにはあらざるも宗秩寮勤務の者なるゆえ稔彦王に対しても事実を問い意見を述ぶという趣旨にて話す事、殿下が婦人関係のため滞仏を望まるるならば進んでこれを解決し、妃殿下の御渡欧を急ぎなるべく速やかに帰朝なさるる様にする事、婦人の関係なく単に研究のため滞仏を希望せらるるならば延期の請願に賛成すること』
倉富◆だいたい予は賛成なり。これまでの行き掛りもあるゆえ強く言い張らるる事もあらん。それに閉口して沈黙する様にては効なかるべし。もし婦人問題が原因ならばたとえ殿下の意に反してもその関係を解く必要あるべく、とにかく充分打ち解けて事実の真相を得たる上にあらざれば処置しがたし。

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倉富日記 大正11年09月08日

金井四郎
フランスより陸軍中将金谷範三が帰りその話を聞きたるところ「稔彦王には実に落胆せり」と言えり。
稔彦王は孤独生活をなされほとんど誰にも面会せられず。金谷は度々面会して殿下の御話を聞きたるに、
まったく新聞等の受け売りにて少しも根拠もなきゆえ厳しく忠告し、皇族たる方が軽率に意見を発表なされてはよろしからざる旨を申し上げおきたりとのことなり。
殿下は落涙しおられたりとの事なり。
倉富◆殿下は剛胆の方なりと思いおりたるが見誤りなりしか。孤独生活のため神経的になりおらるればもやは病気なり。

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倉富日記 大正11年11月02日

金井四郎
北白川宮成久王はフランスにて何事も為されず御暮しなされおりあまり評判もよろしからず。

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倉富日記 大正11年11月17日

西園寺八郎
稔彦王の事を聞きたりや。
倉富◆聞かず。
西園寺◆東久邇宮付武官蒲穆より陸軍大臣に対し「稔彦王は婦人関係にて健康すぐれざるゆえ早々帰朝せらるる様取り計いたらばよろしからん」と申し来り。
倉富◆婦人関係にて健康を害すと言うは解し難し。如何なる病状なりや。精神病でも起りたる訳なるや。
西園寺◆しかるにはあらず。詳かなる事は分からず。
倉富◆これは大切な事なり。帰朝せらるるにしても殿下自ら進みて帰朝せらるる様にせざるべからず。
処置を誤れば殿下の終生を誤る事となる。言わば殿下を殺すか生かすかの界なり。

関屋◆宮内大臣より松平慶民に対し、稔彦王の状況および処置に関する見込を通知すべき旨申し遣すべき旨申し来りたり。
倉富◆婦人関係にて健康すぐれずとは如何なる事なるべきや。
関屋◆分からず。花柳病ぐらいならば何も騒ぐほどの事もなかるべし。

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倉富日記 大正11年11月27日

松平慶民の電信
『稔彦王に面談したるところ殿下は宮内大臣および宮内省に対する反感強し。それは殿下の滞仏費用大正11年度分は12万円なりとの倉富よりの電報通知ありたるのみにて、金井より詳細に説明せざりしより、前年は14万円のものを12万円に減したるものと思われたるよりの事にて無理もなき所もあり。自分より詳しく説明して御諒解ありたり。婦人の関係は心配すべきほどの事はなし。殿下の御帰朝の期および妃殿下の渡欧の期はこの節までは申し上げず』

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倉富日記 大正11年12月07日

倉富◆金井にはせっかく稔彦王が事情の行き違いを理由として心機を転ぜんとなしおらるる所なるゆえ、
この際事実をもって殿下に弁明し殿下を窮地に陥れる事を為してはよろしからず。
予と君とが不行届きなりしぐらいに非難は甘んじてこれを受けおらざるべからざる旨を告げ置きたる。
酒巻◆それは至極よろしかりし。

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倉富日記 大正11年12月22日

金井◆稔彦王付武官溝口直亮に対し「稔彦王はなぜに三井某を御用取扱に為す事を御嫌いなさるや」を問いたるに、溝口は「三井某が御用取扱として妃殿下に随いフランスに来る事を御嫌いなさるる模様にて、フランスへ来らざれば強いて御嫌いなさるる事はなからん」と言いおりたり。
また稔彦王の滞欧期限は3年なるが、今1年延ばす事は出来ざるべきや。
倉富◆左様に延ばす必要なからん。殿下は妃殿下が渡欧なされ社交界に御出なさる事ができざるゆえ、妃殿下は御帰朝前に御召いなされたき御考えの様なる趣。よりて来年3,4月頃妃殿下御渡欧なされ来年末頃までに御帰朝なされたらばよろしき事ならん
金井◆3年にてはそれほどの猶予なし。

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by oMUGIo | 2001-03-03 00:00 | 皇族
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