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良子女王 その4

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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年03月19日

木村英俊
昨日栗田直八郎より自分に対し「大変なる事ができしたり」と言いすこぶる狼狽しおるゆえ「何事なりや」と言いたる所、昨日来原慶助が久邇宮家に来り武田健三を訪いたる所武田があらざるため分部に面会し、
声高にて武田が約に違いたる事を罵りたるにつきその事情を問いたる所、来原が先日鉄筆版の書類を配布したる事につき武田に対し3万余円の出金を求め武田は1万5000円を出金すべき事を約し、その約を履行せざるため来原はその不都合を詰りたるものなりとの事なり。
しかるに武田は一両日所在をくらまし昨夜帰宅したるゆえ栗田より辞職せしむる事を話し、今朝辞表を出さしむべきはずのところ今朝また家にあらずまだ辞表を出す運びとならず。

牧野伸顕
今朝栗田直八郎来り、来原が久邇宮家に来り武田を罵りたる事を話したりとの旨を告ぐ。
その趣旨は木村から予に話したる所と異なる事なし。
牧野、来原が武田に送りたる書状2通および分部に送りたる書状1通を予に交し、「これを見置きくれ。かつこの書状を警視総監または警保局長に示し、来原が重ねて久邇宮家に到り暴行を為す様の事なき様注意を促しおきくれたし。自分は来原が今日必ず何らかの事を為すならんと思う」

警視総監岡喜七郎
先刻酒巻芳男より聞きたる事は困りたる事なり。来原は実に始末につかぬ男なり。
よりてこれを鎮むるには3000円なり5000円なり武田をして出金せしむる事はできざるべきや。
内務大臣床次竹二郎にも話しみたるところ、これも幾ばくか金を渡して鎮むる他致し方なからんと言えり。
倉富◆それはよほど考えものなり。一度金を渡せば幾度も強請る事となるべし。ことに金を出せば、こちらに弱点ある事を示す様の訳なり。
岡◆久邇宮よりの出金と言うべからざるはもちろん、宮内省よりの出金という訳にもいかず。
武田一己よりの出金と言うの他なし。
倉富◆3000円はおろか1000円にても武田より出金すると思う者はなかるべく、金の出所は他にありと思うは当然なり。幾度も繰り返す様の事となるべきにつき予は良策とは思わず。
岡◆懸念の点は至極同感なり。しかれども他に工夫なし。

牧野伸顕
倉富◆岡より武田をして金を出さしむる必要あるべく、この事については内務大臣にも相談したるところ床次も他に工夫なしと言いたる趣なり。予の考えにては一たび金を出せば幾度もこれを要求して際限なかるべく、
かつこれを出せばこちらに弱点ある事を自認する様のきらいあり。来原らの目的は金を得るにあるにつき、
これを得ざれば如何なる乱暴を為すやも計り難く、岡らの考えも無理からぬ事なれども予は金は出さざる方よろしからんと思う。
牧野◆しかり。如何様なる事ありても金は出し難し。内務大臣らは当座の事を考うるものなるべけれど、久邇宮家に累を及ぼす様の事ありては大変なるゆえその事に同意しがたし。

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倉富日記 大正10年03月20日

宮内官僚大谷正男
牧野は栗田直八郎の話を聞き、来原が無名の書を配布したる事は武田一人が関係し、他には一人も関係したる者なしとの事を信ずる旨栗田に告げたる趣なるも、内心にては幾分の疑いあり。
しかれども牧野自らその事実を探索するは栗田を疑う様のきらいあるにつき、君より木村に対しそれとなく事実を問い見らるる事はできざるや。
また内務大臣・警視総監が武田に対し若干の金を与うる必要あるべしと言いたる事は、はやく邦彦王に言上しおく方よろしからんと思う。
この二事が牧野より君に相談せよと命ぜられたる事なり。

栗田直八郎
先日武田健三の事につき取り調べを命ぜられたる事もありたるところ、突然意外なる事できし自分の監督不行き届きにて恐縮に堪えず。
武田に対してはこの如き事できしたる以上はその責任を負い速やかに辞職すべき旨を申し付けその後はこれに面会もせず。委細の事は分らざるも、武田の親族友人らが心配し武田のために金策をなし、来原の意を緩和する事の計画を為しおるゆえ、今後重ねて来原が乱暴を為す様の事なからんと思う。
来原の事には武田の他決して他に関係したる者なし。
倉富◆昨日岡喜七郎より内務大臣と相談の上、武田の名義にて3000円または5000円ぐらいを来原に渡す様にしたしとの申し出ありたるに、宮内大臣の意にてこれに応ぜざる事となれり。
ぜんたい武田が1万5000円の約束を為したるは如何なるつもりなりしなるべきや。
来原の要求も過大にて、武田の約束も過多なり。また分部も幾分事情を知りおるにはあらざるべきや。
来原が分部に送りたる書状にSの符丁あり。事情を知らざる者には解しがたきことなり。
栗田◆来原が初め武田に対し10万円を求めたる趣なり。来原の書状には3万余円要求しおり、武田は1万5000円を約しおるにつき、左の如く言いたるなり。

木村英俊
倉富◆武田の件は武田の他関係したる者なしとの事にて予もこれを信じ、他に関係者なき事を願いおるも、
実は警視総監・内務大臣らの考えにては幾分か来原に金を遣わしてこれを緩和する方よろしからんとの事なりしも、宮内省にてはこれに反対する事に決したり。もし武田の他にも関係しおる者ある様の事ならば一概に出金を拒み事を荒立つる様になりては不都合につき、君が何か気づきたる事なきやを問う為に来宅を求めたる次第なり。
木村◆先頃栗田よりこれを見たりやとて来原の書面の事を話したり。
その時自分はまだこれを見ずと言いたり。その時来原の書類を4,5通1個の封筒に入れて栗田に送り来り。
封筒の裏には発送者の氏名を記しあるをみたり。自分は何人より送り来る物なるかを見んと思いたるも、
距離ありたるためこれを認める事を得ず。しかして栗田はにわかにこれを隠したるためついにこれを見ることを得ざりしなり。武田が免官せられたるゆえ、武田に同情する様に見せかけて内情を探りみんと思いおる所なり。
倉富◆分部に対する来原の書状にSと書きおれり。分部が全く事情を知らざる者ならば左の如き符丁が分かるはずなし。また武田が1万5000円という多額の約束を為すべきはずなく、武田がこの約束を為すにはこの金を出し得る見込ありたる事ならんと思わるるゆえ、予は多少疑いを抱きおる訳なり。
木村◆自分もその辺については同様の疑いあり。

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倉富日記 大正10年03月28日

木村の報告
武田◆この節の事は恐れ入りたり。
木村◆事実の真相を聞きたし。事実を知らざれば久邇宮家の利益また君の利益を図りてもかえって不利益の結果を生ずる事もあるも計り難し。
武田◆来原とは先年より懇意の間柄なるゆえ度々往来して打ち合せを為したり。
しかるに事の決定したる後に至り来原より金を請求するにつき、これを拒まんと思いたれども結局やむを得ず金を遣すことを約したり。
木村◆その後いかなる状況になりおるや。
武田◆円満に運びおる。この事についてはこれ以上問いくるるな。

木村◆ぜんたい如何様なる事になるや。
栗田◆牧野某〔宮内大臣牧野伸顕とは別人〕が心配しおるにつき、必ず都合良く決定するならん。
木村◆牧野某とは何人なりや。
栗田◆多年久邇宮家に出入し邦彦王も近づけらるる人にて、自分が牧野の長男の嫁に久邇宮付事務官角田敬三郎の娘を媒酌したる関係あり。牧野は自分にも懇意なる者なり。

木村◆来原が乱暴を為したるため久邇宮家の空気は必ず変化してよろしき方に向かう事ならんと思いおりたるところ、案外にも以前より悪しくなり。
倉富◆空気が悪しくなりたりとて、武田は既に去りたれば、誰がかような事を言うや。
木村◆武田の免官を遺憾としおる様なり。「木村が今少し取り成せば免官にならずとも済たる事なり。来原には金さえ遣せば何事もなかりしことなり」とて不平を言いおるなり。

倉富◆栗田の所に来原が配布したる書類5,6通を同封にて送りたる者あり。その発送人の氏名は栗田が封筒を隠したるため木村はこれを認むる事を得ざりし。今日木村より聞く所にては、武田が度々来原に面会して協議したる事実は武田もこれを認めたるもその他の人がこれに関係したる事を認むべき事実なし。
武田の話にては来原との関係は円満に解決する模様との事なり。栗田は牧野某が心配しおるにつき必ず無事に解決するならんと言いおれり。牧野と栗田との関係を問いたるに、年来の懇意にて邦彦王も牧野某を信ぜられおる模様なり。
木村はまた久邇宮家の空気は一変するならんと思いおりたるも、案外に悪化したりと言い、宮家より武部に対し年金でも給せらるべき模様もありと言えり。武田は元来宮内省の職員にて宮に付属したるに過ぎず。宮内省より恩給を受くる上に年金を給せらるる様の事ありては穏当ならずと思う。
仙石◆先日邦彦王に謁し、なるべく速やかに武田を郊外に出し京都にても住居せしめらるる方よろしかるべき旨を言上したるに両三日ぐらいは他に遣しがたしと言われ、武田に充分御同情ある様に思われたり。
牧野◆邦彦王には内務大臣がこの如き意見を抱きおり、事態容易ならざる事を言上しおく方よろしからんと思う。ついては来原の性行等は警視庁にては調査できおるべきにつきその調書を取り寄せおきくれたし。

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倉富日記 大正10月03月31日

倉富◆牧野某は栗田等と懇意にて、この節も牧野某が武田のために金を出しおる趣なり。
その額は確かならざれども5000円とか言う事なり。
牧野◆しからば栗田も武田の事に関しおるとの事なりや。
倉富◆しかるにはあらず。

仙石◆友人より「良子女王の事について初めは山縣の所為は言語道断と思いおりたるが、近日に至り事実を聞きその誠忠に感じおる」旨の話をなしたり。
この頃に至りだいぶ左様の話を聞く様になりたり。

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倉富日記 大正10年04月04日

倉富◆波多野敬直を内大臣に推薦する事は多少形跡ある様に思わる。
もしこれありとすれば、牧野が良子女王の結婚を遂行するにつきその援助を藉る為これを推薦するものならんと思わる。貞明皇后の思召が幾分にても成婚を好ませられざる様の事ありとすれば、宮内大臣は非常なる窮境に陥るべし。
南部◆もし左様な事情ありとすれば、良子女王はいわるゆ推し掛け嫁入となる訳にて苦心多かるべく、万一にも遺伝でもありたれば邦彦王は何となさるべきや。

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倉富日記 大正10年04月08日

岡◆先日話したる事は都合良く解決せり。武田健三と来原の関係なり。
倉富◆武田より来原に金を遣したるならん。
岡◆しかり。

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倉富日記 大正10年04月11日

仙石◆岡を訪い、武田より金を来原に渡し、来原も志士をもって自ら任じおる者につき、後日さらに恐喝する様の事はなからんと思いおるが、来原の下には壮士体の者もいるにつき確かに安心という見込ある訳にあらず。
倉富◆武田が渡したる金額は分からざるや。
仙石◆5000円なり。
倉富◆その金の出所は分からざるや。
仙石◆その事については自分の方より岡らに話しおいたり。牧野某という者が久邇宮家と懇意なりしため、
この金も牧野某が出しおる様なり。しかしその後いずこから牧野某に償いあるや否なは分からずと言い置いたり。

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倉富日記 大正10年04月12日

金井
この件に関し島津より多額の金を出したるは事実なる様なり。

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倉富日記 大正10年04月14日

小原◆先日自分は宮内大臣に「皇太子の御成婚はあまり延引すればまた妨害が起るやも計られざるゆえ相当の時期にこれを挙行せらるる方よろしかるべく、浜尾新は御成婚を急がざる意見にてこれを罷むる方よろしかるべし」と言いたるも、牧野は「浜尾は熟知の人なるが、なかなか執拗な人にて困る」と言いたるのみ。
関屋貞三郎が浜尾にその意見を問い来るべしと言うにつき、浜尾を訪いて話したるに、
浜尾は「御結婚は東宮御所の建築できたる上にあらざれば御挙行できがたし。高輪の仮殿を修繕して御結婚をなさる様の事はもちろんできがたし。また御結婚の遅くなるは生理上にもよろしき事なり」と言いたる由にて、まるで話にならずと言いおりたり。

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倉富日記 大正10年04月15日

仙石◆昨日久邇宮家に行き、武田健三の事も聞き来りたり。
只今は京都に赴きおるが、2,3日内には帰り来りやはり久邇宮の官舎にいる模様にて、急に邸外に移らしむる模様なし。自分は職員に「なるべく早く邸外に移らしむる必要あること、たとえ邦彦王の御意あるとも当分再び採用する様の事は不可なること等」を話したり。
倉富◆牧野某より出したる金を償いあるや否やは分からざるや。
仙石◆それはもちろん償いあるべし。あるいは初めより久邇宮より出だし、牧野某が出したりと言うは栗田直八郎らの策なるかとも思わるる。

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倉富日記 大正10年04月18日

村木雅美
先日師団長会議ありたるが、師団長の多数は良子女王の事はやはり薩長の関係なりとのみ思いおりたるが如し。何とか真相を明らかにする工夫はなきものなるべきや。
倉富◆その事は言いたき所なれどもこれを言う訳にもいかず。実に苦しき所なり。
御内約が解除せられざる事となりたる以上はこれを説明する事はできざるなり。
しかるに近日は山縣の心情を了解する人も出て来る様なり。
村木◆世間には公にできざるまでも、宮内省には事実を明らかにするだけの書類でも残し置く事はできざるや。
倉富◆その事は書類をもって明らかにする事となりおれり。前大臣中村が現大臣牧野に事務の引継を為す時、その始末を書して示しこれを保存する事となりおる様なり。

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倉富日記 大正10年05月19日

倉富◆武田健三は相変わらず久邇宮家に出入しおる趣なり。
仙石◆この事につき、邦彦王の考えは誠に浅はかなり。
倉富◆邦彦王よりこの件につき尽力したる者に紋付カフスを贈られたりとの事なるが、事実ならば面白からざる事なり。
仙石◆まさか左様の事はなかるべし。もし彼らの労を慰められたるものとすれば、かの時の運動も邦彦王の指図にて出てたる事となるゆえ不都合なり。
倉富◆前後の事情より察すれば必無とも思われざる様なり。
仙石◆誰に贈られたりとの事なりや。
倉富◆城南荘の連中なりとの事なり。
仙石◆昨年天皇皇后葉山避寒中、良子女王をして貞明皇后の御機嫌を伺わしめられんとしたる事あり。
皇后宮大夫を経て御都合を伺いたる所、御都合により今しばらく見合せられたしとの答なり。その後さらに自分より伺いたる所なお同様の答なり。その後さらに大夫に「如何なる御都合なるべきや」を問いたるところ、
大夫は「時期のよろしき時御報せすべし。それまでは御待ちなされたし」とのことなりしなり。
倉富◆皇后には先頃物議を醸したる原因の他になお他にも御考えあるにはあらざるやと思う事あり。
仙石◆しかり。何か聞きたることあるべし。
倉富◆予が中村雄次郎に対し「皇后の思召は如何」と問いたる時、中村は「何も伺いたる事なし」と言い、
予より「しからば君の推測は如何」と言いたるに、「格別御好みにあらせられざる様に拝察す。『気難しき舅にては困るならん』と言う様なる御口気なりし」事を漏らしたる事あり。
仙石◆自分も同様の事を聞きたる事あり。

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倉富日記 大正10年05月26日

仙石◆良子女王の事は今後円満に進行するや否や懸念なきあたわず。
東伏見宮付事務官より田内三吉に話したりとかいう趣意は、「邦彦王より辞退せられ、天皇より辞退に及ばずとの思召でも出ずる様にならざれば、この事の結末着き難し」と言いたる由なり。
しかし自分はこの事は容易にできる事にあらず。邦彦王より辞退なされ事態に及ばずとの思召が確かなれば邦彦王の御体面は立派なる事になれども、その思召が確かならざる時に辞退せられ御聴許にでもなる様の事あれば意外の事となるべし。
倉富◆近頃に至り新聞に中村雄次郎の辞職の事情・山縣有朋の心事等をそろそろ掲載する事になりおる様なり。
仙石◆宮内大臣はこの事につき大奥の事情困難なる事は承知しおるべきや。
倉富◆予の見る所にては案外楽観しおる様なり。

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倉富日記 大正10年05月31日

金井四郎

フランスの稔彦王より書状にて「良子女王の事は元老も宮内当局もこれを止むる事に決心しおりながら、民衆運動のため議を変更したる事情わからざる」旨申し越れたり。


稔彦王より金井に送られたる書状を一覧せり。
「良子女王の事については、これまで皇室の事につき民衆運動を為したる事例なかりしに、この節の事はその運動のため前議を翻するに到りたるは如何なる事情なるや解し難く、邦彦王は良子女王の御内定ありたる以来急に御態度が変りその考えも以前と異なり、自分らに対しても親密ならざる様に考えられる。
御内定変更の事は朝香宮鳩彦王の他すべて変更に同意なりし由。邦彦王が邦彦王ならびに良子女王を犠牲として辞退せられたらば皇室はいよいよ安泰にしてこの事に対する民衆運動も起らずして済たるべく、邦彦王が伏見宮貞愛親王の意見に聴従せられざりしは実に遺憾千万なり」

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by oMUGIo | 2001-12-14 00:00 | 皇族
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