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by oMUGIo
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良子女王 その3

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倉富日記 大正10年02月21日

牧野伸顕

牧野◆この節の事は困りたる事になりたり。しかし婚約を変更するを可とするも不可とするも各理由あり。
現今の如き時勢にあらざれば容易く解決できる事なるも、何事に関わらず多衆にて騒ぎ立つるにつき困る。
倉富◆しかり。この節の事も秘密にさえなりおりたらば、いずれになりても容易く解決できたるべきも、世間に広まりたるため困難になりたる。
牧野◆この節の事は意見の相違なるゆえさほど頓着する必要なかるべし。
倉富◆もとより意見の相違なり。しかし予が辞表を出したるは、予はこの事につき初めより解約を可とするの意見なりしなり。しかるに解約せられざる事に決したる以上は予の意見は将来の皇太子妃たる方に対し不敬となり、ひいては皇太子にも不敬となるよう考えるにつき、このまま宮内省に奉職するは適当ならずと思う訳なり。
牧野◆この節の事は公表すべき事にあらずと思う。
倉富◆もとより公表すべき事にあらずと思う。前宮内大臣も辞職の理由は公表しがたき訳なるべし。

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倉富日記 大正10年02月24日

小原
山縣・松方・西園寺とも東宮太夫浜尾新男爵の不適任なることを知り、山縣の如きは小人事を誤るとまで言い、松方も浜尾ぐらい不適任なるものなしと言いながら、これを罷むる事できざるは如何なる訳なるべきや。
解し難し。
倉富◆予もこの事は理由を知るに苦しみおる所なり。重大なる事なれば躊躇する事もあるべきも、
一大夫の罷免ぐらいの事なるに三人にてこれを断行することあたわざるは実に不思議なり。
小原◆西園寺八郎は父西園寺公望に対し、浜尾新を罷むる事を迫り、これを実行せざれば何事を為しても効能なく、皇太子御洋行ありても、還啓後以前浜尾が大夫たる様にては何の効もなし。この事を実行せざる様ならば自分は辞職する他なしと言いたるところ、公望はこの事は平田東助が引き受けおるゆえ平田が処置するならんと言いたる趣なり。

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倉富日記 大正10年02月25日

木村英俊
昨年来良子女王の事につき他の宮付職員と意見を異にしたるためずいぶん困る事多く、
仙石政敬よりも「他に転任する事の周旋もできざる事はなかるべし」との話もありたれども、
自分はその時は御婚約は必ず解除せらるるものと信じおり、御婚約が解除せらるれば邦彦王はじめ良子女王方の御境遇は察せられるにつき仙石に対し「御婚約が変更なき事ならばすぐに転任する事を望むも、
御解約になる事ならばその後の始末は自分の責任と思うにつき今しばらくは如何に苦しきもこのままに勤務すべし」と言いおきたり。しかるに事は意外の結果となりたるにつき、何とか他に転ずる事の配慮を請う。

木村、久邇宮家宮務監督栗田直八郎はじめ属官等の考えの誤りおる事をはなし、その例として「皇太子にカフスボタンを献上する事になりおる」と言うにつき、「邦彦王よりの献上なりや」を問いたるところ、「良子女王よりの献上」と言うにつき、「それは不可なり。献上せらるるならば邦彦王よりの献上ならば可なるべきも、良子女王よりの献上にては断じてよろしからず」とてその理由を説明し属官らはこれを了解したる模様なりしなり。
栗田を訪いこの事を談したるところ意外にも栗田は「良子女王よりの献上にてよろし」と言うにつき大いに議論し「自分は如何なる事ありても同意しがたし。宮務監督が職権にて取計を為すならば致し方なし」と言うて別れたり。新聞に良子女王が03月01日に葉山に伺候せられ皇太子に奉別し貴重品を贈られる旨を記載しおりたるも、栗田より漏らしたるものならんと思わる。
以前は新聞記者には自分の他は面会せざる事に定めおりたるも、近来は誰でも勝手に面会するようになりたり。先日の新聞に良子女王の作文を掲載したるも、後閑菊野の為したる事と思いたり。今日この如き事を為すはよろしからずと思えども致し方なし。

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倉富日記 大正10年02月28日

小原
小原◆先日西園寺八郎が山縣有朋を訪いたる時、山縣の口気にてはこの節の事は薩州の者が長州の勢力を殺く為に計画したるものの様に感じおる様に思われたり。
よりて八郎は「この節は父西園寺公望は薩州にも薩州にも偏せず中立の態度を持ち、他日薩長の争い起りたる時その調停を為す方よろしからんと思うと言いおりたり」と言う。
倉富◆予もこの節の事は山本権兵衛伯爵・大迫尚敏子爵らがだいぶ運動したる様に聞きおれり。
小原◆八郎の話にては松方正義は平生の優柔に似ずこの節宮内大臣に牧野伸顕を推薦したる時は極めて判然として、松方が八郎に嘱し公望に牧野を推薦する事を通知せしめたる時も極めて確乎として、相談にあらず通報の形式を取りたる趣にて八郎も不思議に思いたりと言いおりたり。
倉富◆松方も山縣・西園寺と同様婚約解除の意見なりしも、その程度は初めよりもよほど違いおりたる様なり。
小原◆邦彦王は何とかせられざれば、このままにては済まざるべし。
倉富◆中村雄次郎が引き継ぎをしたる時の演述書にも、婚約の事については貞明皇后は懸念しおりたるとの御詞ありたる様に記載しおれり。もし貞明皇后の思召が解約にある様な事ならば宮内大臣はたちまち行き詰まるべし。
小原◆新大臣が就任するについては、もちろん御婚約はこれを遂行するつもりにて就職したるものならん。
倉富◆それはその通りならん。しかれども政治問題と異なり御気に合わざる事ならば何とも致し方なし。根本が未決にては何事も手を着けがたかるべし。

良子女王が葉山にて皇太子に会見せられカフスボタンを贈らるる計画なる趣を話したるに、
小原も非常に驚きたり。

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倉富日記 大正10年03月04日

石原健三
宮内大臣その他に配りたる印刷物のうち最後の物最も激烈にて、
山縣が大正天皇の聡明を蔽い天皇は言語不能の事なきもこれを不能と言いなしおるとか言う如き趣意に書き、また貞明皇后には山縣の姪に当る女官を付けて皇后の聡明を蔽いおり、大臣大将某が皇后に言上する事あらんとしたる時これを遮りて言上する事を得ざしめたりと言う如き事を書き居れり。
山縣の事は逆賊という如き文字を用いおりたり。大臣大将某と言うは誰を指すや解し難し。
只今大臣大将なるは加藤友三郎なるが加藤にはあらず。あるいは八代六郎男爵を指したるものならんか。
八代は前に海軍大臣たりし事あり。八代は非常に熱する人にて、皇太子の御洋行に非常なる反対にて、
一時は自己の財産を売り払い極端なる運動を為すとの聞あり。
倉富◆良子女王に付きおる後閑菊野という女はしきりに女王の事を話す模様にて新聞に書きおるが困りたる人なり。
石原◆後閑のみならず、すべて困り者ばかりなり。

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倉富日記 大正10年03月05日

牧野伸顕
牧野◆良子女王に色盲の遺伝ある事は如何にしても発表しがたき事なるが、そのため内務大臣床次竹二郎は非常なる窮境に陥り弾劾もせらるる事となりおれり。
しかれどもこれを公表すれば良子女王の身体の欠点を現す事となるゆえ、これを公表する訳にはいかざるべし。
倉富◆この事は絶対に公表しがたし。世間にては既にこれを知りおる者も少なからざるべきも、官府よりこれを公表すれば、これを証明する事となるゆえ、如何に苦しきもこれを発表する事を得ず。
牧野◆一般にはこれを公表する事を得ざるも、地方官にだけは通知するも差支えなかるべきや。
すでに外交官には大略ながらこれを通知しおれり。
倉富◆地方官に通知する事は妨なき事なるが、地方官は通知を受けてもその内容を話す訳にはいかずとすれば、やはり同様にはあらざるや。
牧野◆地方官中にも事実を知らざる者あり。またこれを聞きても疑いおる者もあらん。ゆえに内務大臣よりこれを通知すれば、地方官だけは安心して他に対する事を得べし。
倉富◆この事につき予が最も懸念するは先日内務省および宮内省より発表したるは良子女王の事につき種々の風説ある趣なるも何ら御変更なしとの事に過ぎず。
元来良子女王は皇太子妃に御内定ありたりというだけにて、いまだ御婚約というほどに成りおらず。
先日来の事は大正天皇に奏上しおらずはもちろん貞明皇后にも言上しおらずとの事なり。
しかれば今日は御内定というだけに止まり御確定という訳にあらず。この根元が定まらざれば地方官に通知するにもよほど困難なるべし。
牧野◆理論はその通りなり。しかれども事情より言えば、このまま御遂行あるより他致し方なかるべし。
倉富◆貞明皇后にも言上しおらずとすれば、中間に起りたる紛紜が無くなるだけにて、初め御内定になりたる時と同様の状況にあるものと見るの他なかるべし。
牧野◆その通りなり。しかし貞明皇后は多少御承知あらせらるるに相違なし。
今後さらに変更を思い立てば先頃より以上の物議を醸すはもちろんなるにつき、事情より言えば他に考うる事なかるべし。

小原◆波多野敬直が内大臣となる様の話は聞かざるや。
倉富◆何も聞きたる事なし。
小原◆もし波多野が内大臣となれば、天皇皇后の御親任厚きにつき、宮内大臣は何事もできざるべし。
倉富◆今日は内大臣は宮内大臣が推薦するより他なかるべし。牧野が波多野を推薦するとは思われず。
良子女王御婚約を遂行する事は牧野の一大難事なり。万一貞明皇后に御異議あらば、牧野は進退ともにできざる事となるべし。この場合皇后に説く為には波多野が一番便利なるゆえ、牧野が波多野を奨めるとすれがこの理由より他に考え様なし。

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倉富日記 大正10年03月11日

牧野◆御婚約問題についてはいずれも皇室の御為を思いたるより出でたる事にて、ただその意見が異なりたるに過ぎず。ゆえに自分はこの事について責任を負うて辞任すると言う人ありてもこれを承知せざるつもりなり。今後摂政問題その他種々なる重大問題あり。これまで出合いたる事なきほどの大切なる時節が来るならんと思うに、こう人物が乏しくしては如何にも心細き事なるゆえ、ぜひ留任を希望する次第なり。
久邇宮付事務官木村英俊が婚約の事につき強硬なる意見を吐きたるため久邇宮家に勤続しがたしとの事なるが、これもそのままに奥ことはできざるや。
倉富◆昨年11月伏見宮貞愛親王より木村を召され、良子女王御眼に関する医案を示し、これを熟覧せよとの御申し聞きあり。木村がこれを見たる後殿下より「このことにつき近日中に予が邦彦王に面談するゆえ、その旨を伝えおくべき」旨を命ぜられたる趣なり。その頃は邦彦王は九州御旅行中につき木村は他に聞く人なき汽車中にて言上する方しかるべしと考え、国府津まで出迎え汽車中にて貞愛親王の言を言上し、「もはやかくなる上は速やかに御辞退なさる方よろしかるべき」旨を言上したりとの事なり。
しかるにその後宮務監督栗田直八郎と属官武部・分部との間に挟まれ、邦彦王よりも格別御用も命ぜられず、よほど困りおる趣につき木村は到底このまま勤続せしむる事はできがたきものと考える。

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倉富日記 大正10年03月12日

倉富◆昨日牧野より留任を勧められ留任する旨を答えたり。牧野の話にては、この問題については何人も辞職を諾せざるつもりなり。この方針は予らの如き下僚の為に定めたるものにあらず。
山縣・松方をして留任せしむる為に定めたるならんと思う。
小原◆多分その通りならん。

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by oMUGIo | 2001-12-13 00:00 | 皇族
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