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朝融王 その1

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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正11年08月03日

松平慶民
松平◆久邇宮朝融王と酒井忠正伯爵の妻の妹菊子との関係は聞きおるならん。
倉富◆聞きたる事なし。
松平◆朝融王は菊子を娶らるる事に内定しおるところ近頃に至り菊子の容色好まずとてこれを嫌いおらるるとの話あり。朝融王が遠洋航海にてフランスに行かれたる時、パリにて故井上勝子爵の子井上勝純子爵が朝融王に会い結婚内定の祝詞を述べたるところ、朝融王より「実は婚約の婦人は気に入らず。これを止むる工夫はなかるべきやと思いおる所なり」との話をなされたる趣あり。また分部資吉が壬生基義の家に到り、「朝融王の婚約ある婦人はその姉の夫即ち忠正と私したる如き風評あり」との談を為したるにつき、壬生は厳しく分部を戒めおきたりとの事なり。思うに分部は朝融王が菊子を好まざる事を知りその歓心を得る為に左の如き事を言いたるものにて、実際左の如き事はなかるべく、少しにても左の如き事あればその噂は必ず漏れるべき筋あれど、すこしもその噂は無し。
倉富◆分部は性質よろしからず。目的の為には如何様なる手段にても取る者なるゆえ、左の如き事を言いたるものならん。分部を罷むる事は極めて必要なれども、邦彦王の承諾を得る事難しかるべし。
松平◆先に罷免されたる武田もなお絶えず出入しおると言うにあらずや。
倉富◆その通りなる趣なり。只今の事は困りたる談なれども、他の事と違い強いて遂行してもその結果よろしからず。さりとて婚約を解けば酒井の方には非常なる打撃なり。
松平◆自分も無理に遂行する事は出来ざるべしと思う。

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倉富日記 大正11年08月10日

松平◆分部は大いに怒り壬生の所に至り「自分は秘密談として君に話したるものなり。一切の始末を明かしたる上にてこれを表面に持ち出すつもりの所すぐに松平などに談したるは不都合なり」とて壬生を詰責し、壬生もちょっと困りたるも「理由なく秘密を漏らしたにあらず。皇族に関係ある松平に話し、松平より宮内大臣牧野に話したるまでの事なり」と言いたり。自分より分部に「婚約問題は既に大奥への内伺も済おる事にて、久邇宮家限りにて処置せらるべき事にあらず。いわんや君らが自己の考えにてこの事につきかれこれするは大いなる誤りなり」との旨を申し聞け、分部も結局「自分が悪かりし」と言いたり。
倉富◆邦久王は近く臣籍に降下せらるるゆえ正式に成年式を行われざる事なるが、邦彦王は邦久王の最終の名誉のため正式に成年式を行いたいとの御希望なるやに言いおる人あり。
また邦久王はこの暑中に東北各県に旅行せらるるはずにて、これも皇族としての最終の旅行なるゆえ邦彦王は万事皇族として旅行せらるる事を望みおられたる所、両三日前の官報にて東北各県に旅行せらるる様を記載しありたる様なり。いよいよ殿下として仰山なる旅行をなさるべきや。

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倉富日記 大正11年09月04日

宮内官僚徳川頼倫
国分三亥の談によれば、朝融王は断然内約の婦人を好まざる旨を明言せられおる趣にて、これは困難なる事なりと言う。
倉富◆予が聞きたる所にては、朝融王の真意はいまだ明らかならず。ともかく結婚は非常に急ぎおらるるとの事なりしが、いよいよ破約を望まるるならが他の事と違いこれを止むるよりほか致し方なかるべし。
しかしこれを止むるには出来るだけ穏当なる手段を取る必要あり。分部の如き事を言い触らすは言語道断なり。
徳川◆御内約問題のとき邦彦王より貞明皇后に書面を呈せられたりと言うにあらずや。
倉富◆予もその事は伝聞しおれり。
徳川◆その書面は皇后宮大夫より邦彦王に返したるやに聞きおれり。

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倉富日記 大正11年09月06日

国分三亥
朝融王は酒井家の娘は柔順ならずと言いて嫌いおらる。その上にも品行もあり、困りたる事なり。
倉富◆朝融王は結婚を急ぎおらるるとの話を聞きおりたるが、当分待つ事は異議なき様の話にあらずや。
酒井の方に肺患の懸念ありや。
国分◆本人にはその懸念なし。親酒井忠興が肺患なりしとの事なり。酒井の方を止むるため3,4年も延ばす事は朝融王は不同意の様なるも、破約して新に見出す為の延引はもちろん承知なるべし。

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倉富日記 大正12年08月26日

有馬頼寧
朝融王の事は如何なりたるや。
倉富◆かの問題は実に困難なる事なり。確約前ならばよろしきも、既に成約となりおり、これを解くには相当の理由なかるべからず。その理由を言う事は一層問題なり。到底まとまらざる物ならば、酒井家より辞退する他に致し方なからん。

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倉富日記 大正13年02月03日

国分三亥

朝融王の婚約問題がいよいよ宮内省に持ち出さるるを得ざる事となれり。
朝融王の意向が酒井家の方に聞こえ、この問題についてはまず第一に朝融王の意を確かむる必要ありと思い、その意思を確かめたるところ「この事は疾く決心し如何なる事あるも結婚する意なし。ただし皇太子の御婚儀の済むまで問題を起こす事を見合わせおりたるなり」
自分より「只今は嫌にても夫婦となれば良くなるものなるゆえ、思い返されては如何」と言いたるも「絶対に承知せず」とのことなるゆえ、この上は父邦彦王の意を伺うよりほか致し方なしと思い、邦彦王に謁し「昨日朝融王の御考えを承りたるに朝融王は絶対に結婚する意なしとの御答えなし。殿下の御考えは如何」と言いたるところ、邦彦王は「この事については疾く考えおりたる事あり。しかし皇太子の御婚儀済むまではそのままに為し置く考えなりしが、もはや御婚儀も済みたるゆえその事も処置すべき時なり。自分は是非取りやめたき考えなり。その訳は婚約の娘には節操に関する疑あり。この疑ある以上は如何なる事ありてもこれを嫡男の妃と成す事を得ず。もっとも節操の事は的確なる事実は知り難きも、疑いだけでも承知し難し。これを妃と成す事は先祖に対しても済まざる事と思う。婚約を取り消すについては先年の良子女王の関係もあり、種々の非難あるべきも、如何なる非難あるも是非ともこれを解約せんと思う。朝融王が婚約遂行を望む様の事あれば非常に困る訳なりしも、朝融王が解約を好むは非常に好都合なり」と言われ、その決心なかなか固く、到底意思を変ぜらるべき模様なし。
自分より「この事は既に御内伺も済おる訳にて、酒井家にても容易に解約を承知すべしとも思われず。解決に至るまでには相当時日も要すべくその間は当方にても婚約を結ばるる訳にはいかず、すいぶん困る事ならんと思う」旨を述べたるも、邦彦王は「如何なる事ありても遂行する訳にいかず」と主張せらるるゆえ、もはや宮内省の詮議を待つより他に致し方ならからんと思い、宗秩寮に話したるところ宗秩寮総裁徳川頼倫は「単に結婚する事を欲せずとか節操の疑いありと言うのみにては不十分なり」とて不満足の議論ありたるも、このうえ誰が何と言うても婚約遂行を諾せらるべき見込なきゆえ何とも致し方なしと思う。
倉富◆とにかく困りたる問題なり。そこまでになりたる以上は宮内大臣が何とか処分するよりほか致し方なからん。
国分◆分部が自己の考えにて前田利定家に出入りの某に婚約解除の希望ある旨を話し、某より利定の妻清子〔酒井忠興の姉〕に話し、その結果酒井家の聞く所となりたるにつき、分部を詰りたるところ、分部は「この婚約を結びたるは当時の宮務監督山田春三にて、その下の手伝いを為したるは自分なり。今日はその事に関係したる者は自分のみなり。よりて解約を周旋するは自分の責任なるやの感ありて某に話したり」と言いたる。

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倉富日記 大正13年02月07日

宗秩寮にて、朝融王婚約破棄問題につき、徳川頼倫・ 松平慶民・入江貫一と協議す。
徳川より問題の経過を報告す。
予「報告の如き事ならばとうてい婚約遂行の望みはなかるべきも、問題の性質として宮内大臣は是非とも一応は邦彦王・朝融王に対し婚約破棄の理由なき事を説かざるべからず。善後手段を講ずる事は第二の事なり。この問題は久邇宮家のみの事にあらず。皇室にも影響すべきことなり」

善後処分については徳川は「中間者を介せず直接に酒井忠興に交渉する方可ならん」と言い、予「忠興は養子にて婚約の婦人は伯爵夫人の妹に当るとなれば、忠興は自己の娘の事を決する様の訳にはいかざるべく、はやり酒井家に信用名望ある人を介する方よろしからん」と思う旨を述ぶ。

結局国分三亥が邦彦王に対し何らの自己の意見を述べずしてすぐに宮内省の処置を求めたるは不十分なり。徳川より宮内大臣に意見を述べ、宮内大臣が邦彦王に意見を述ぶる事を肯んぜざる時は宮内次官をしてこれを述べしむべしという説と、徳川自らこれを述ぶべしとの説あり。
松平は「婚約の通り結婚せしめたらば案外調和すべきにつき、その事にするがよろしからんと思う」と言えり。

婚約に至るまでの手続は、良子女王と酒井伯爵夫人は女子学習院の同期生にて、朝融王より菊子にまず書状を送られ、その取次は良子女王がなされたる趣なり。節操云々の事は金子有道男爵が、秋子夫人の伯母の嫁しおる前田利定の夫人よりこれを聞き、そのことを久邇宮家の分部に談し、分部より邦彦王に告げたるものなる由。国分三亥と久邇宮付事務官野村礼譲の二人より金子男爵に対し、金子が節操云々の事を言い触られたるものなるゆえ、その事実の有無を誠意をもって調査すべき旨を談したる由にて、金子は仙石政敬に対し「最初前田清子夫人より出でたる事にて、元来が婦人の話なり。只今に至り自分に責任を負わせ誠意をもって調査せよと言わるるは迷惑なり」と不平を述べたる趣なり。分部が金子に酒井家より婚姻を辞退する様に話し、その事が酒井家に伝わりたる訳にて、分部は酒井伯爵に対し何事か話す目的にて面会を申し込み、先日会見したるが、その時は分部は会見の目的を変し、自分が軽率に金子に話したるは不都合なりとて、ただ酒井伯爵に謝罪したりと言うことなり。

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倉富日記 大正13年02月08日

小原駩吉の台詞

この問題は伺済になりおる事につき、婚約を破棄するには貞明皇后に言上せざるべからず。
その時皇后は必ず婚約を遂行すべからざる事由を御下問ある事あらん。
この場合宮内大臣は如何なる御答を申し上ぐるべきや。朝融王が結婚を欲せられざる以上は穏に酒井家に談して婚約を破棄するよりほか手段なきが、その事はそれにて済みても、宮内大臣はそれで済ます訳にはいかず。いずれとなりてもこの問題は宮内大臣の進退を決せざるべからざるものなり。

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倉富日記 大正13年02月09日

倉富◆徳川頼倫より聞きたる所にては、宮内大臣より朝融王婚約破棄の事を閑院宮載仁親王に言上したるところ「その話は聞きおるが、もちろん破棄する様の事あるべしとは考えおらず」との御答ありたる由。
載仁親王が婚約破棄に反対ならば、宮内大臣はいっそう困難ならん。
小原◆宮内大臣は味方を得る為に言上したる事なるべきも、それが反対にてはいよいよ困難なり。
田中義一らは必ず故山縣有朋の為に復讐する様の考えにて攻撃するならん。

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倉富日記 大正13年02月13日

小原◆自分は宮内官僚武井守成に対し「この事は酒井家においてもおとなしく承諾し、事を荒立てざるが双方の利益なる」旨話し置きたるも、武井の談にたは「酒井家の相談人らの意見はなかなか強く、先方の処置が穏当なればおとなしく引き下がるも、婦人一人を殺す様の風説を立てこれを解除せんとするは不都合なるゆえ、どこまでも引き下がらざる方針となりたり」と言いおれり。
倉富◆閑院宮載仁親王が「解約の如き事あるべしとは考えおらず」と宮内大臣に御話ありたるも、先年の良子女王の事に牽連いたしおるにはあらざるや。
小原◆もちろんしかるべし。
倉富◆酒井家にては怒るは無理もなき事なり。先年の問題の時は、石原健三らは解約の時の準備の山階宮武彦王と佐紀子女王との婚約を確定せしめず、良子女王を武彦王に配せんとの考えをもって山階宮家宮務監督市来政方に談したる事などもありたり。

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by oMUGIo | 2001-12-21 00:00 | 皇族
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