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カテゴリ:公家華族( 69 )

東坊城子爵家 半家

◆東坊城徳長
1869-1922 明治02-大正11 53歳没


■妻 北村駒三郎の娘 キミ子
1878- 明治11-


●政長 次代当主
●敏子 平民細川力蔵夫人
●恭長 俳優・脚本家・監督
●宣子 平民木村貞男夫人
●英子 女優入江たか子


左から 敏子 宣子 英子
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★敏子
1899- 明治32-
貞明皇后の女官となり、
その美貌から通称白百合の局と呼ばれ長田幹彦『小説天皇』のヒロインのモデルともなった。


★東坊城恭長 俳優・脚本家・監督
1904-1944 明治37-昭和19 40歳没
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★女優 入江たか子
1911-1995 明治44-平成07 83歳没
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◆東坊城政長
1902- 明治35-


■妻 佐藤毅三の娘 愛子
1901- 明治34-
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by oMUGIo | 2002-03-13 00:00 | 公家華族

石野子爵家 羽林家

◆石野基佑
1835-1894 天保06-明治27 59歳没 


■妻


●満子 松園尚嘉男爵夫人
●基哲 持明院基哲子爵となる
●基道 次代当主





◆石野基道
1871- 明治04-
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■妻 西本願寺梅上沢融の娘 孝子
1875-1920 明治08-大正09 45歳没
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●道子 二条源遵夫人
●和子 木咲利之助夫人
●彰子 水戸徳川圀順公爵の後妻
●基恒 次代当主
●基輝


●和子 木咲利之助夫人
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◆石野基恒
1903-1963


■妻 勝精伯爵の娘 静子
1912- 


●惇子
●基守
●睿子
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by oMUGIo | 2002-03-11 00:00 | 公家華族

中山侯爵家 羽林家

◆中山忠能
1809-1888 文化06-明治21 79歳没
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■妻 平戸藩主松浦清の娘 愛子


●忠愛 次代当主
●公董 正親町公董となる
●忠光
●慶子 孝明天皇の側室・明治天皇の生母
●康子 本多正憲子爵夫人





◆中山忠愛
1832-1882 天保03-明治15 50歳没


■妻


●忠直
●孝麿 次代当主





◆中山孝麿
1853-1919 嘉永05-大正08 66歳没
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■前妻 公家四辻公績の娘 勝子/浅子
1856-1902 安政03-明治35 46歳没


■後妻 成瀬正肥子爵の娘 三千代
1870- 明治03-


●前妻の子 棄彦 今城定政子爵となる
●前妻の子 忠顕
●前妻の子 正子 花山院親家侯爵夫人
●前妻の子 尚親
●前妻の子 妙子
●前妻の子 輔親 次代当主 
●前妻の子 徳子 渡辺修二男爵夫人
●後妻の子 保親 錦織保親子爵となる
●後妻の子 護親


●棄彦 今城定政子爵となる
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●徳子 渡辺修二男爵夫人
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◆中山輔親
1894-1980


◆九条道実公爵の娘 豊子
1899-1985
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●孝子 出雲大社千家尊祀夫人
●忠圀
●忠敬
●福子 渡辺誠一郎夫人
●清子 岡野清輝夫人


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

中山輔親侯爵にも華族の子弟に通有な、ひどく物驚きのしないおっとりとしたところがある。
先年北海道余市の金満家にかつがれて富士生命保険会社の社長になったことがある。
無論名義だけの社長で表看板に利用されたまでのことだが、
名義だけにしても表面上相当の株を持たねばならぬから
なにがしかの株を輔親侯爵の持株ということにした。
ところが実業家仲間のやりくりについては全然認識ゼロな輔親侯爵は、
その株を名実とも自分の物だと思い込んでしまったから会社側では閉口してしまった。
いくら説明しても、この持株は形式だけのもので実際の権利も義務もないものだと言っても、
輔親侯爵の方では承知しない。払い込みは一文もしないでおいて、持主が自分名義である以上
当然利益配当も受くべきものだとがんとして動かぬので、一同も弱り切った結果
名義上の輔親侯爵の社長を解除して壬生基義伯爵へ乗り換えたなどの珍談がある。

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◆中山忠敬
1923-


■妻 伊藤博精公爵の娘 雪子
1928- 


●敬子
●忠和
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by oMUGIo | 2002-03-10 00:00 | 公家華族

華園男爵家 興正寺

◆華園摂信
1808-1877 文化05-明治10
もと公家鷹司政通の子


■妻 死別


*5男14女アリ

●晟子 30歳年上の公家裏辻公愛と離婚・曽我祐準子爵と再婚
●沢称 次代当主
●信暁 子爵東坊城任長子爵の娘成子と結婚・士族鈴木文子と再婚





◆華園沢称
1852- 嘉永05-


■妻 萩原員光子爵の娘 徳子
1859- 安政06-


●実子 準子 住職小笠原厳実夫人
●庶子 寛子
●実子 真淳
●実子 称心
●実子 称信
●庶子 称円
●実子 称念
●実子 称観
●庶子 称喜
●不明 良厳
●不明 称善
●庶子 称淳
●庶子 称





◆華園真淳
1884- 明治17-


■前妻 林竹三郎の娘 千賀子 離婚
1904- 明治37-
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■後妻 井上幸一の娘 国明
1897- 明治30-


●咲子 武藤勇哉夫人
●実子 松谷貞治夫人
●茂
●香
●久  次代当主
●和子




◆華園真準
1925- 大正14-


■妻 医師三林隆吉の娘 昭子
1933- 昭和08-


●真暢
●正子
●淳子
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by oMUGIo | 2002-03-09 00:00 | 公家華族

甘露寺伯爵家 名家

◆甘露寺義長
1852-1917 嘉永05-大正06 65歳没
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■妻 勘解由路資生子爵の娘 立子
1856- 安政03-
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●受長 次代当主
●義子 奥保夫伯爵夫人
●方房 岩崎久弥男爵の娘澄子と結婚


●義子 奥保夫伯爵夫人
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◆甘露寺受長
1880-1977 明治13-昭和52 97歳没
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■妻 北白川宮能久親王の娘 満子女王
1885-1975 明治18-昭和50 90歳没
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●績子 島津忠彦男爵と離婚・金融王近藤荒樹の後妻となる
●寿子 土方久雄夫人
●忠長
●親房 次代当主


立つ左から 績子 親房
座る左から 受長 立子夫人 満子夫人
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立つ左から 忠長 親房
座る左から 績子 立子夫人 満子夫人 受長
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◆甘露寺親房
1912-1994


■妻 一橋徳川宗敬伯爵の娘 美代子
1921-
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●広長
●成子
●典子
●和房
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by oMUGIo | 2002-03-08 00:00 | 公家華族

高辻子爵家 半家

◆高辻修長
1840- 天保11-
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■妻 山内大学の娘 鎮子
1842- 天保13-


●宜麿 次代当主
●広長 壬生桄夫男爵の娘梅子と結婚
●貞子
●寿長


●広長 壬生桄夫男爵の娘梅子と結婚
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◆高辻宜麿
1871- 明治04-
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■妻 上杉茂憲伯爵の娘 重子
1879- 明治12-
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●総子 金子吉三郎男爵夫人 香淳皇后の御学友
●正長 次代当主
●威長
●邦長
●和子 高田次郎夫人
●友子 教授和田三良夫人


●総子 金子吉三郎男爵夫人 香淳皇后の御学友
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■高辻正長
1903- 明治36-


■妻 財閥三井高棟男爵の娘 祥子
1907- 明治40-
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●光長
●元子
●昭子
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by oMUGIo | 2002-03-07 00:00 | 公家華族

清閑寺伯爵家 名家

◆清閑寺盛房
1845-1892 弘化02-明治25 47歳没


■妻 公家梅小路定徳の娘


●延子 北島斉孝男爵夫人
●経房 次代当主
●愛房
●修麿 村上修麿となる
●元子 小手川信次夫人
●基房 池尻基房子爵となる
●雅子 亀谷巖夫人
●国栄 津守国栄男爵となる


●延子 北島斉孝男爵夫人
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◆清閑寺経房
1865-1952 慶応01-昭和27 87歳没


■妻 壬生基修伯爵の娘 修子
1872-1953 明治05-昭和28 81歳没


●歌子  婿養子を迎え次代当主とする
●ヨネ  鷲尾隆信伯爵夫人
●万寿子 有馬市蔵夫人




◆清閑寺良貞 
1888- 明治21-
もと吉田良兼子爵の子 婿養子になる


■妻 先代経房の娘 歌子
1895-1990 明治28-平成02 95歳没
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●経泰 次代当主
●貞光 池尻貞光となる
●昇





◆清閑寺経泰
1920- 大正09-


■妻 鷹司信輔公爵の娘 幸子
1922- 大正11-


●信房
●芳子
●修泰
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by oMUGIo | 2002-03-06 00:00 | 公家華族

藤波子爵家 半家

◆藤波言忠
1852-1926 嘉永05-大正15 74歳没
もと公家広橋胤保の子 婿養子になる
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■最初の妻 先代教忠の娘 文子
 -1872 


■2番目の妻 先代教忠の娘 恭子 前妻の妹 離婚・大巌蟄竜と再婚


■3番目の妻 久能玉子


■4番目の妻 出雲大社千家尊澄の娘 奈保子
1864- 元治01-


●忠子


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

藤波言忠子爵はもと広橋家の嫡子であったが、生家を出て藤波家を継いだ。
彼の姉は鍋島栄子侯爵夫人で、鹿鳴館時代には社交界を跳ね回ることで有名であった。
弟の広橋賢光伯爵はまた一生を通じて素寒貧で有名であった。
しかも彼は貧に苦しむ舎弟が、日夜高利貸に責めさいなまれ
米塩薪炭の資にすら窮していたにも関わらずこれを捨ててさらに顧みなかったため、
世間では骨肉の情を知らぬ者として非難したが、これは彼の天性で
金銭のためには何物をも犠牲にしたればこそ、初めは貧乏華族の一人であった彼が
後には堂上華族中の金満家として知られるに至ったのである。

彼が初めて宮内省に入ったのは明治16,7年の頃で、
侍従として長く至尊に奉持し後主馬頭となって終生をともにした。
41年の秋突如として馬券禁止令が発せられたので、
全国の競馬会はもとより藤波一派の者もまた少なからず動揺した。
馬券が禁止されてはもやは私腹を肥やすことは望まれない。
そのため藤波伯爵はすねて馬政局次長の職を辞したが、
すでに競馬熱の勃興によって少なからず財嚢を満たした後であったから、
いわば儲け退きということになった。

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◆藤波茂時
1886- 明治19-
もと福井松平茂昭侯爵の子 婿養子になる


■前妻 先代言忠の娘 忠子
1896- 明治29-
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■後妻 生方繁三郎の娘 紅葉
1907- 明治40-


●道忠
●佳子


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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

藤波言忠には男子がなかったため娘忠子に福井松平侯爵の子茂時を婿養子に迎えた。
大正15年に言忠が死亡して茂時が当主となる。
茂時は<満州興業>社長であったが、
関東大震災以来の不景気のため自宅を抵当にして50万円を借り入れる。
しかし昭和02年、複数の債権者から訴訟を起こされる。
『借金殿様藤波子爵に破産申請』
『今春来係争中のところへ、またまたあるいは爵位返上の運命か』
などと新聞に書かれる。
50万円の債務の他に、満州銀行から32万円、勧業銀行に5万円、X氏に10万円の借金があった。
これらの大口債権者からも返済を求めれれば藤波家は家屋敷を失い、
子爵としての面目を保てないとして爵位を返上しなければならない。

藤波子爵家では親族会議を行い、茂時の実家福井松平侯爵家が尻拭いをすることになったようだ。
福井松平家は1,000万円と言われた資産高を昭和3年に500万円と半減させているからだ。
ともかく藤波子爵家は存続した。
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by oMUGIo | 2002-03-05 00:00 | 公家華族

冷泉伯爵家 羽林家

◆冷泉為紀
1854-1905 安政01-明治38 51歳没


■妻 公家柳原光愛の娘 俊子 姉静子は多嘉王妃
1863-1882 文久03-明治15


●為系 次代当主





◆冷泉為系
1881-1946 文化08-昭和21 65歳没


■妻 水無瀬忠輔子爵の娘 恭子
1888- 明治21-
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●為臣  次代当主
●須賀子 荒尾之茂男爵夫人
●比出子 小寺政太郎夫人
●布美子 婿養子を迎え次々代当主とする





◆冷泉為臣
1911-1944 明治44-昭和19 33歳没 戦死





◆冷泉為任
1914-1986 大正03-昭和61 72歳没
もと西四辻公堯子爵の子 婿養子になる


■妻 先々代為系の娘 布美子
1916-2011 大正05-平成23 95歳没

左から 恭子夫人 布美子 為任 為任の母西四辻数子子爵夫人
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●貴実子 婿養子を迎え次代当主とする
●久美子
●須実子 元公爵家二条基敬夫人





◆冷泉為人
1944- 昭和19-


■妻 先代為任の娘 貴実子
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by oMUGIo | 2002-03-04 00:00 | 公家華族

竹内子爵家 半家

◆竹内治則
-1888 -明治21


■妻 公家外山光施の娘 八千代
1842-1899 天保13-明治32 57歳没


●惟忠 次代当主
●高成 藤堂憲丸男爵となる
●茂明




◆竹内惟忠
1858-1907 安政05-明治40 49歳没


■前妻


■後妻 久邇宮朝彦親王の娘 絢子女王
1872- 明治05-
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●惟治  次代当主
●惟斌  次々代当主
●千代子 実業家長谷川久四郎夫人


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正11年10月13日

宮内官僚酒巻芳男の台詞

久邇宮より絢子を迎えおりたる竹内惟忠子爵の娘千代子を長谷川久四郎に嫁せしむる事は、
一度宮内官僚松平慶民子爵より話したる事あるべし。
その節は長谷川は言わば成金の様なる人につき、良子女王とイトコなる人が
これに嫁するはよろしからざるべしとの事にてその旨を伝えおきたるところ、
久邇宮家宮務監督栗田直八郎が「長谷川は旧家にて成金にあらず
三井・岩崎にも匹敵すべき家柄なるゆえ、嫁しても差支なきにあらずや」と言い来れり。
自分は旧家なる事・成金にあらざる事は初めて聞きたれども、
いずれ相談あることなるべきにつき含みおきくれよ。


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倉富日記 大正11年10月16日

酒巻芳男の台詞

竹内の寡婦がこの縁談に熱心なるはもちろん
娘もこの縁談を止むればこの後縁談ならかんとまで思い込みおる模様なり。


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倉富日記 大正11年11月13日

宮内官僚仙石政敬子爵の台詞 (仙石政敬は絢子夫人の親族)

自分は初めよりこれを不可なりとし、竹内の寡婦より不満に思われおる所なり。
自分としては今日にても同様の考えなり。
竹内が長谷川に嫁せしむる事を望むも、畢竟婚期を失せん事を恐れるよりの事なり。


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倉富日記 大正11年12月06日

酒巻芳男の台詞

千代子を長谷川に嫁しめんとする事は、栗田直八郎は手を引きたりとの事なり。
この事については藤堂高紹伯爵が世話いたしおるが、
栗原は藤堂と聘資金のことにつき争を生じ、これがため手を引きたる趣なり。
藤堂は初めは長谷川に嫁せしむる事はさんせいなりしが、この節は大反対となりたりとの事なり。
壬生基義伯爵も仙石政敬子爵も〔ともに絢子夫人の親族〕反対なり。


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◆竹内惟治
1897-1921 明治30-大正10 24歳没
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◆竹内惟斌
1900- 明治33-
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■妻 大村純英伯爵の娘 喜代子


大人左から 喜代子夫人 絢子夫人 惟斌
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枠内は絢子夫人
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by oMUGIo | 2002-03-03 00:00 | 公家華族


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