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カテゴリ:武家華族( 181 )

本家徳川公爵家 その1

東京本邸 豊多摩郡千駄ヶ谷町 (現:渋谷区千駄ヶ谷) 10万坪
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◆徳川家茂●子供ナシ
1846-1866 弘化03-慶応02 20歳没
もと紀州徳川斉順の子


■妻 仁孝天皇の娘 和宮親子内親王 孝明天皇の妹
1846-1877 弘化03-明治10 30歳没
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◆徳川慶喜
大政奉還のあと本家から離れて徳川慶喜家を創設する





◆德川家達
1863-1940 文久03-昭和15 76歳没
もと田安徳川家当主

*イギリスに留学
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■妻 公家近衛忠房の娘 泰子
1867-1944 慶応03-昭和19年 76歳没
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●家正 次代当主
●綾子 福井松平康昌侯爵夫人
●綏子 鷹司信輔公爵夫人
●繁子 松江松平直国伯爵と離婚


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枢密院議長 倉富勇三郎の日記 大正11年02月07日

倉富&宮内大臣牧野伸顕伯爵の会話

牧野◆君は徳川家達の隠事を聞きおるや。
倉富◆聞かず。
牧野◆宗秩寮総裁が知らずしては困る。4,5年前の事なりし様なり。
家達は華族会館に宿泊する事あり。会館の給仕を鶏姦〔男色〕し、
その事が度重なり給仕より荒立てたるため、1万円出金して落著したる事あり。
しかるに本人はさほどこれを悪事と思わず、改むる模様なし。
先年家達を学習院の総裁となすの内儀を定めたるところ松浦厚伯爵が強硬に反対し、
「もしこれを遂行するならば、鶏姦の事実を暴く」とまで主張したるため、
ついにそのままとなりたるとのことなり。
この事は自分から当時の宮内大臣波多野敬直子爵に問いたるに「事実なり」と言えり。
徳川頼倫侯爵〔家達の弟〕も、
「兄が恥を知らず、今なお公職を執り隠退の考えなきには困る」と言いたる事あり。
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◆徳川家正
1884-1963 明治17-昭和38 78歳没

*イギリスに留学


■妻 島津藩主島津忠義の娘 正子 山階宮常子妃の妹・久邇宮俔子妃の妹
1885-1963 明治18-昭和38 79歳没

*徳川家定御台所で薩摩藩出身の天璋院篤姫が縁組を命じていたため、
二人の結婚は生まれる前から決まっていた。

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イギリスにて
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●家英 早逝
●豊子 外交官松平恒雄の子松平一郎/秩父宮勢津子妃の兄と結婚
●敏子 上杉憲章伯爵の子上杉隆憲夫人
●順子 保科正昭子爵の子保科光正と死別・関根勇吉と再婚


三代 家達 家正 家英
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アサヒグラフ 昭和2年1月12日

<殿様根性の抜けない御曹子 平民同様任地で浮名を流す>

利口者であるとも言われるが、最も悪い欠点は殿様根性の抜けないことである。
ちょっと困ったことは手癖の悪いことである。
欲しいと思うとすぐ手をおつけになる。これがために新婚早々から失敗の歴史が多い。
ロンドンの一等書記官時代にはさすがの霞が関のお役人も
当惑してしまったという事件を引き起こした。
相手の女性というは舞踏会に出入りするお嬢さんではあるが、
在留日本人の御用を承るような街の女ではなかった。
侯爵の御曹子なることを振り回したことが少し薬が効きすぎて、
お嬢さんをすっかり有頂天にさしてしまった。
事これに至っては捨てても置けぬということになって、
霞が関から徳川氏に対し帰朝命令が発せられた。
さすがに相手も日本までは追いかけてこなかったのでこの問題も無事に解決して、
徳川氏はさらにシドニー総領事として赴任した。
島津家から嫁いだ令夫人も、お父様のようになるんだと
未来の外交官を夢見ているお子様たちには外交官にはなるものではないと
しきりに言い聞かせてその成人を楽しんでいるということである。


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娘 上杉敏子 上杉憲章伯爵の子上杉隆憲夫人

祖母がとてもできた人で、男勝りですし私達の面倒を全部看ていました。
母は姑が万事仕切っていますから何の発言権もありません。
ちょっと脇にどけられて気の毒でした。
私達は学校から帰れば祖母の部屋に行って学校の事でも何でも話して、
お小遣いも祖母からもらっていました。私達は祖母と親子みたいでしたね。
逆に母は気の毒なくらい存在の薄い人でした。
外交官の奥さんにもまったく向かず、母は東京に帰されて父は単身赴任でした。
母はずっと一人で東京にいて、孤独で可哀想でした。


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◆徳川恒孝
先代家正の甥/先代の娘豊子&松平一郎の子


■妻 寺島宗従伯爵の娘 幸子
1941-


●家広
●美子
●典子
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by oMUGIo | 2003-01-01 00:00 | 武家華族


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