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カテゴリ:武家華族( 181 )

吉川男爵家 岩国藩系

東京本邸 神田区駿河台東紅梅町 (現:千代田区神田駿河台) 設計:ガーディナー
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重吉の娘 岩田幸子 松方勝彦と死別・作家獅子文六(本名:岩田豊雄)と再婚

明治44年に出来た家だが、子供用と客用のトイレは水洗だった。
一般の家では珍しかったようだ。間数は47間あり、この他8つぐらいトイレがあった。

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◆吉川重吉 
1860-1915 安政06-大正04 55歳没
もと周防岩国藩主吉川経幹の子

*米ハーバード大学に留学
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■妻 加藤泰秋子爵の娘 須賀子
1874-1947 
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岩田幸子

父は自身純潔を守るばかりか人に対しても求める所があって、
料亭での宴会等を嫌って身分不相応な家を建て内外のお客様は家でもてなした。

母は使用人を大切にする質で、芝居・旅行などにも行かせて皆に慕われた。
後年私が岩田に嫁ぐ時岩田が興信所で調べたところ、
母の事を「女中に出すなら駿河台の吉川様」と書かれていたと言われ娘として嬉しかった。
母は人前では物も言えぬような恥ずかしがり屋の女だったのに、
実子の姉達よりお婿さん達の方がよく訪れ、
兄の友達が「おばば様、おばば様」と慕ってくれたのはどうしてかと思う。

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●英子 イギリスに留学・原田熊雄男爵夫人
●元光 本家吉川経健子爵の娘芳子の婿養子になり吉川元光子爵となる イトコ結婚
●春子 工学者和田小六夫人
●寿子 本多猶一郎子爵夫人
●重国 次代当主
●重武 早逝
●経吉 平佐経吉となる 宇和島伊達家の娘と結婚
●幸子 松方正義公爵の孫松方勝彦と死別・作家獅子文六の3/3番目の妻


立つ左から 春子 重吉 元光 重国
座る左から 英子 重吉の妻寿賀子 幸子 経吉 寿子 重武 元光の妻芳子
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●寿子 本多猶一郎子爵夫人
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●幸子 松方正義公爵の孫松方勝彦と死別・作家獅子文六の3/3番目の妻

幸子&前夫松方勝彦
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幸子&後夫獅子文六
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岩田幸子 

元光は吉川本家には芳子一人なので、その人と縁組して本家の跡継ぎとなった。
芳子は母を早く失い私の母が育てたので、同じ屋根の下で兄妹のように育てられた。
しかしこういう婚姻はやはり不自然だったのだろう。
兄はピューリタン的な父とはおよそ違った人生を歩んでしまった。
一生職にも就かず贅沢三昧の暮しをうぃて、妾宅を行き来するような人生を歩んでしまった
気の毒な義姉は家付き娘でありながら、兄に従って一生を送った。
疎開の時もその妻妾二組が岩国へ来て住んでいた。
見まじきものを折にふれ目にするような日々で、いざこざが絶えなかった。

春子は華やかな性質で、義兄原田熊雄の友人で学者の和田小六と結婚した。
婚約者の姉の所に来るのに、
真っ赤なインディアンというオートバイに乗り鼻眼鏡のオシャレさんだった。

寿子の結婚相手は膳所の旧藩主本多子爵で、
姉妹中一番美しかった姉と義兄も評判の美男子で、
人目を引き、新聞欄に「夫婦雛が歩いているようだ」と書かれた事がある。
岩田は私の兄姉とも会わずに結婚したので、あの姉さんをもらえば良かったと残念がっていた。
私と違い、母そっくりの物静かな人だった。

経吉は気立ての優しい人で、相手が女の子だから余計控えめにするので
「ツネジイ、ツネジイ」とあべこべにいじめられ可哀想に思った事もあった。
兄は宇和島藩の伊達さんの妹さんと結婚し、平佐姓になった。
母は、おとなしい本多の姉とこの平佐の兄の事を死ぬまで案じていた。
子供の時から伝書鳩を飼い動物好きで、
結婚後は千葉にあった父の植林した土地で競走馬の牧場をしていた。

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◆吉川重国
1903-1996 明治36-平成08 93歳没

*イギリスに留学


■妻 福井松平慶民子爵の娘 綾子
1913-1985


●重昭
●和子
●重隆
●重恒


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岩田幸子

兄重国は当主となって昔から父代りであるためか、私を可愛がってくれた。
大学卒業後、イギリスに留学した。帰国後は宮内省の式部職に勤め、
海外の賓客の接待役として羽田に御出迎するのがいつもテレビに映った。
我が兄ながら素敵だと思って観たが、今も容姿を誉める人があるけれど、
あの頃の事を思うとがっかりしてしまう。

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by oMUGIo | 2004-12-04 00:00 | 武家華族

島津長丸男爵家 薩摩藩系

◆島津久治 通称:島津図書
1841-1872 天保12-明治05 31歳没 
もと島津久光公爵の子 婿養子になる

*ピストル自殺


中央椅子が久治
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■妻 先代久宝の娘


●長丸 次代当主





◆島津長丸
1871-1927 明治04-昭和02 56歳没


■妻 島津珍彦男爵の娘 治子 イトコ結婚 
1878-1970 明治11-昭和45 92歳没

*女官長不敬事件を起こす
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●広子 財閥三井高修夫人
●泰子 二条厚基公爵夫人
●郷子 木脇一丸夫人
●澄子 谷正之夫人
●忠丸 次代当主 烏丸尊弘の娘隆子と結婚
●泰丸


●広子 財閥三井高修夫人 
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●泰子 二条厚基公爵夫人
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<女官長不敬事件>

大正11年、島津治子は東宮女官長に任命された。
大正天皇の死亡により東宮が昭和天皇になるに際して、
昭和02年治子も皇后宮女官長に出世した。
ところが夫の長丸が急死、穢れを嫌う宮中に喪中の身で務めることはできない。
治子は皇后宮女官長になって40日で宮中を去らなくてはならなくなった。

治子は宗教に救いを求めた。
始めは禅寺や明治神宮の【みそぎ会】など無難なものであったが、
だんだんと新興宗教にはまっていく。
三重県出身の角田ツネは産婆だったが、自分に霊感があると信じるようになり上京、
退役陸軍少将で霊界の研究者であった嘉悦敏が主宰する<きよめ会>に参加、
会員の婦人たちを次々と惑わせていた。
会員だった治子と政治家高橋保の妻ムツコも昭和07年頃からツネと親しくなる。
三人は【きよめ会】の会員たちを自宅に招いて会合を持った。
さらに治子は昭和09年頃からは【神政龍神会】を主宰する矢野祐太郎とも懇意になって、
予言や生霊死霊からのお告げをするようになる。

治子のお告げなるものの内容は
『今上天皇〔昭和天皇〕には前世の御因縁があり、
国体明徴維新の道は立て得られず、早晩崩御を免れない。
国体明徴維新の道を立つるには、
南朝の正統 故有栖川宮殿下の霊統を嗣ぐ高松宮を擁立せねばならぬ。
昭和維新の断行、神政の成就は、昭和15年に始まり20年に完成す』

昭和11年、治子は不敬罪で矢野・ツネ・ムツコらとともに逮捕される。
しかし治子だけはその立場から起訴は見送られ、
精神鑑定のうえ異常者ということにして病院送りとなった。
半年後ひっそりと退院し、以後人目を避けるようにして暮らした。
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by oMUGIo | 2004-12-03 00:00 | 武家華族

伊達男爵家 仙台藩系

◆伊達邦実
1823-1859 文政06-安政06 64歳没


■妻 仙台藩主伊達斉義の娘 佑子/保子
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●初太郎
●豊子/豊子 婿養子を迎え次代当主とする
●兵力
●虎若
●寿
●駒若





◆伊達邦成
1841-1904 天保12-明治37 62歳没
もと伊達義監の子 婿養子になる
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■妻 先代邦実の娘 亀久子/豊子
1852-1926 嘉永05-大正15 74歳没 


●基   次代当主
●成子  佐竹義準男爵夫人
●亀久子 亘理胤正夫人
●成保
●祐子  士族石川光輝夫人


左から 成子 豊子夫人 成子の夫佐竹義準男爵 祐子 保子夫人 邦成 基
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●成子 佐竹義準男爵夫人
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◆伊達基
1877-1928 明治10-昭和03 51歳没
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■妻 士族石川邦光の娘 昌子
1881- 明治14-


●成勲 次代当主
●敦子 婿養子を迎え次々代当主とする





◆伊達成勲
1906-1932 明治39-昭和07 26歳没





◆伊達廉夫
もと加藤泰秋子爵の子 婿養子になる
1907- 明治40-


■妻 先々代基の娘 敦子
1910- 明治43-


●是彦
●優子
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by oMUGIo | 2004-12-02 00:00 | 武家華族

島津忠弘男爵家 薩摩藩系

◆島津忠弘 
1892-1922
もと島津忠義公爵の子  
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■妻 岩倉具定公爵の娘 季子
1897-1982 
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●弘子 松平近義子爵夫人
●淑子 松村敬一夫人
●斉視 次代当主


左 弘子   右 淑子
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◆島津斉視
1920-



■前妻 久邇宮朝融王の娘 朝子女王 死別
1927-1964



■後妻 武井好信の娘 礼子
1934-


●忠視
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by oMUGIo | 2004-12-01 00:00 | 武家華族

牧野子爵家 長岡藩主

◆牧野忠恭
1824-1878
もと西尾藩主松平乗寛の子


■妻 掛川藩主太田資始の娘 寿子


●正妻の子 彜子 婿養子を迎え次代当主とする
●正妻の子 総子 三根山藩主牧野忠泰の1/3番目の妻
●側室の子 忠毅 次々代当主
●側室の子 好子 本庄寿巨子爵の後妻
●側室の子 美子 牧野貞寧子爵夫人
●側室の子 忠篤 次々々代当主





◆牧野忠訓●子供ナシ
1844-1875
もと宮津藩主松平宗秀の子


■妻 先代忠恭の娘 彜子
1843-1923 





◆牧野忠毅
1859-1918
先々代の子


■前妻 荻野山中藩主 大久保教義の娘 鎮子


■後妻 小諸藩主牧野康哉の娘 清子 
三根山藩主牧野忠泰の2/3番目の妻離婚、牧野忠毅と再婚
1855- 


●忠治  次代当主牧野忠篤の娘艶子と結婚・イトコ結婚
●喜久子 乃木元智伯爵夫人





◆牧野忠篤
1870-1935
先代の弟


■最初の妻 板倉勝弼子爵の娘 益子
1878- 


■2番目の妻 鍋島直大侯爵の娘 茂子 九条良政男爵の前妻離婚、牧野忠篤と再婚死別
1885-1905 


■3番目の妻 藤堂高潔伯爵の娘 鋀子 常磐井堯猷男爵の2/3番目の妻離婚、牧野忠篤と再婚
1882-1963 


●益子の子 艶子 先代牧野忠毅の子忠治と結婚・イトコ結婚
●益子の子 忠康 





◆牧野忠永
1911-1976
もと松平乗統子爵の子


■妻 高倉永則子爵の娘 元子
1918-


●忠昌
●忠央
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by oMUGIo | 2004-07-14 00:00 | 武家華族

松平子爵家 浜田藩主

◆松平武聡 最後の藩主
1842-1882
もと水戸徳川斉昭の子


■妻 佐倉藩主堀田正睦の子 寿子
1847-1893 


●熊若丸 次代当主松平武修となる
●斐二郎
●鞆子  松平容大子爵夫人
●清子  伊達宗定子爵夫人
●恒吉
●藤子





◆松平武修
1865-1920


■前妻 宗重正伯爵の娘 全子
1869-1888


■後妻 松江藩主松平定安の娘 雅子
1870-


●武親 次代当主
●清修 竹腰清修となる
●鈴子
●吉修 次々代当主





◆松平武親
1892-1955


■妻 久世広業子爵の娘 敏子
1898-1920 


●久美子 花輪英孝夫人


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年04月13日

宮内官僚仙石政敬子爵の台詞

松平武親子爵、品行不正にして某電気会社の社長となり、商法違反の事もある模様なる趣、
その親族より話を聞きたるにつき警察に依頼して取り調べたる所この書面の通りなり。
松江の松平直亮伯爵はその親族なる趣にて、かねてその事につき心配しおる。


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倉富日記 大正10年04月14日

宮内官僚仙石政敬子爵の台詞

今日徳川圀順侯爵を召い松平武親の事を話したるに、
徳川も「かねてより懸念しおる事なるが、
今日の注意もありたる上はなおこれを戒むべし」と言えり。


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◆松平吉修●子供ナシ
1910-1977
先代武親の弟
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by oMUGIo | 2004-07-13 00:00 | 武家華族

京極子爵家 峰山藩主

◆京極高陳●子供ナシ
1839-


■妻 笹田久兵衛の娘 貞子





◆京極高致●子供ナシ
1869-1893
もと五辻安仲子爵の子


■妻





◆京極高頼
1885-1947
もと多度津藩京極高典子爵の子


■前妻 和田清治郎の娘 ヌイ
1896-


■後妻 医師杉村正謙の娘 津井
1890-1930


●後妻の子 典子 婿養子を迎え次代当主とする


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娘 京極典子

私の父高頼は、祖父がもうおじいさんになりかかった頃、
子供が生まれるとは思わなかったという年になって正室の子供として生まれたのです。
祖父は「せっかく生まれた本妻の子が部屋住みでは可哀想だ。
どこかに養子にやって当主にさせたい」と思ったようです。
それで養子先を探したら、丹後の峰山の京極にちょうど跡取りがなかったのです。

祖父母に猫かわいがりに可愛がられて、本当にもうしっかりしない父でしたね(笑)
もちろん何もしておりませんでした。お友達がお勤めになるのを、
「あいつは月給取りになったそうだ」なんて珍しそうに言ってました。
父は大変な趣味人で自分の思った通りに生きてきたので、
自分の好きな人がどうしても妻に欲しかったのでしょう。
私の母津井は華族ではありません。
母方の祖父は杉村正謙といって、戸山脳病院という病院をやっておりました。

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◆京極高鋭●子供ナシ
1900-1974
もと加藤照麿男爵の子 鋭五 婿養子になる 弟は喜劇俳優古川ロッパ


■妻 先代高頼の娘 典子
1915-


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典子夫人

父は方々のかたに「うちの婿に良い方があったならばお願いします」
とお願いしていたのでしょう。
私の主人にも「誰かお婿さんに良い人はいないか」と聞いたところ、
「私ではどうでしょうか」という事になったのです。
自己推薦というのは当時は珍しいのではないかと思います。
よくみなさん「あの話は有名だったなあ」とおっしゃいます(笑)

ロッパさんはとても良い人で面白い人でした。普段からああいう人でしたね。
主人と外見もちょっと似ていました。お見合いをした時も、
写真を見て「ロッパと同じ」と思いました(笑)
主人が銀座に参りますとロッパと間違える人がいて、
「サインをして下さい」と言ってくるのです。
主人は書いてあげたそうです。主人もとても面白い人なのです。

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◆京極高幸
1943-
もと豊岡藩京極高光子爵の子


■妻 太田資業子爵の子太田資博の娘 寛子
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by oMUGIo | 2004-07-12 00:00 | 武家華族

稲垣子爵家 鳥羽藩主

◆稲垣長明
1830-1866


■妻 高田藩主榊原政養の娘 万寿


●長行 次代当主
●長敬 次々代当主
●長完
●富三郎
●女子 鳥山藩主大久保忠順夫人
●女子 蒔田広孝夫人





◆稲垣長行●妻子ナシ
1851-1868





◆稲垣長敬
1854-1920
先代長行の弟
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■妻 神戸藩主本多忠寛の娘 文子


●女子 婿養子を迎え次代当主とする





◆稲垣長昌
もと中津藩主奥平昌服の子 婿養子になる


■妻 先代長敬の娘


●長賢
●銈子
●鍈子
●錠子
●鏻子
●重兼
●武子


左から 鏻子 鍈子 長賢 鏻子 銈子 錠子 手前は重兼     
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by oMUGIo | 2004-07-11 00:00 | 武家華族

安藤子爵家 磐城平藩主

◆安藤信正
1820-1871 文政02-明治04


■妻 宮津藩主松平宗発の娘


●信民 早逝
●信守 次々代当主
●鈺子 椎谷藩主堀之美夫人・多度津藩主京極高典夫人
●女子 岩村田藩主内藤正誠夫人・副田欣一夫人





◆安藤信勇
1849-1908 嘉永02-明治41
先代信正の甥/もと岩村田藩内藤正義の子
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■妻 三浦万邦の娘 登女子
1854-


●レン 内藤正愨子爵の2/3番目の妻
●長造





◆安藤信守
1865-1914
先々代信正の子


■妻 松村徳次郎の娘 テツコ
1867-


●信篤





◆安藤信篤
1892-1916 24歳没 
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◆安藤信昭
1890-1976 明治23-
もと有馬頼万伯爵の子 頼為
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■妻 閑院宮載仁親王の娘 恭子女王
1896-1992 明治29-


恭子女王の婚礼行列
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●信敬
●朋子
●信和 次代当主
●信暉
●祥子
●康子
●治子


●女子
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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年03月01日

*倉富は有馬伯爵家の相談役を務めていた。

安藤信昭子爵の台詞

父有馬頼万伯爵よりの話に大礼服は有馬家より祝いとして贈るべきにつき、
供奉服は父より補助して作らしめ、小礼服は手元にて作る事とするつもりなるゆえ、
これを含みおきくれよ。


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有馬日記 大正10年03月02日

倉富から有馬伯爵家職員橋爪慎吾への言葉

安藤信昭が侍従補に任ぜられたるところ、
頼万の考えにて信昭の大礼服は有馬家より祝いとして贈りたし、
供奉服は伯爵の手元より補助せらるべき旨の話を信昭から聞きたり。
予の考えにては、大礼服を贈る以上は小礼服・供奉服も廉なるゆえ
全部を有馬家より贈らるる事と為す方よろしからんと思う。


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倉富日記 大正10年03月05日

倉富&橋爪慎吾の会話

橋爪◆先日話ありたる信昭に服を贈る事は、有馬家より祝儀として
大礼服および宮内官小礼服を贈るべき旨を頼万に話したるところ頼万おおいに満足せられたり。
倉富◆その他供奉服の入用あり。供奉服は如何したりや。
橋爪◆頼万が「供奉服だけは自分で作る方よろし」と言われたる。
なお頼万より「信昭は服の他にも種々入用の品あるゆえ
有馬家より1000円ばかり立て替る事にいたしくれよ」との話あり。
倉富◆服代は幾らぐらいなりや。
橋爪◆大礼服・小礼服にて1100円ばかりなり。

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by oMUGIo | 2004-07-10 00:00 | 武家華族

大村伯爵家 大村藩主

東京本邸 麻布区市兵衛町 (現:港区六本木)
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◆大村純熈
1831-1882 文政13-明治15
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■妻 小泉藩主片桐貞信の娘 嘉庸子
1836-1897


●麗子
●隆子  真田幸民伯爵夫人
●憲子  婿養子を迎え次代当主とする
●知久子 秋月種繁と結婚・長岡護美子爵と再婚


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●女子
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◆大村純雄
1851-1934 嘉永04-昭和09
もと佐土原藩主島津忠寛の子 婿養子になる

*ハーバード大学に留学
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■妻 先代純熈の娘 憲子
安政06-明治17
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◆大村純英
1872-1933 明治05-昭和08
もと大村武純の子


■妻 真田幸民の娘 田鶴子
明治15-
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●純毅  次代当主
●喜代子 竹内惟斌子爵夫人
●照子
●近純
●光子
●千恵子





◆大村純毅
明治36-


■妻 会津松平保男子爵の娘 芳子
明治41-


●正子
●直子
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by oMUGIo | 2004-07-09 00:00 | 武家華族


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