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松平子爵家 上田藩主 その2

●忠礼
●忠厚 忠礼とともにアメリカに留学、日本の妻と離婚してアメリカ人女性と再婚し永住
●忠直 土井忠直子爵となる 刈谷藩主土井利祐の娘良子と結婚→子忠正は8代当主
●忠隆


椅子2人 左 忠礼   右 忠厚
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中央2人 左 忠厚   右 忠礼
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座る2人 左 忠隆   右 忠直
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●忠直 土井忠直子爵となる 刈谷藩主土井利祐の娘良子と結婚→子忠正は8代当主
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by oMUGIo | 2003-07-06 00:00 | 武家華族

松平子爵家 上田藩主 その1

東京本邸 荏原郡 敷地3,000坪、建物500坪
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◆松平忠固 
1812-1859 文化09-安政06 47歳没


■妻 松平忠徳の娘 三千子


●忠礼 次代当主
●忠厚 忠礼とともにアメリカに留学、日本の妻と離婚してアメリカ人女性と再婚し永住
●忠直 土井忠直子爵となる→子忠正は次々代当主
●忠隆





◆松平忠礼
1850-1895 嘉永03-明治28 44歳没

*アメリカに留学
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アメリカにて 前列が忠礼 後列が忠厚
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中央が忠礼
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■前妻 掛川藩主太田資始の娘 宝子 離婚


■後妻 土佐新田藩主山内豊福の娘 豊子
1864-1945
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★側室 谷かね 侍女たちと
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中央が豊子夫人 左が側室かね 右が忠正  
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<松平忠礼の離婚騒動>

松平忠礼は20歳の時に15歳の宝子と結婚、3年後に弟の忠厚とアメリカに留学する。
7年の留学中にアメリカ人女性のように自立した女性を理想と思うようになり
宝子と離婚したいと言い出す。

日本とアメリカとの間で深刻な書簡のやりとりが始まる。
松平家は「正妻は正妻として気に入った女を側室にすれば」と提案するが、
忠礼は「それは日本の旧慣であって、開明の米国ではありえない。
ここで学んだ以上、側室など持てない」と突っぱねる。
そこで宝子に自立教育が施されるが、
お姫様育ちの宝子は徐々に精神的に追いつめられるようになり離婚となる。
弟忠厚も日本に置いてきた妻を捨ててアメリカ人女性カリー・サンプソンと再婚する。

忠礼は帰国後豊子と再婚するが、側室も持つ。
結局若いうちだけのアメリカかぶれにすぎなかったようだ。
気の毒なのは振り回された二人の妻である。
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◆松平忠正 
先代忠礼の甥/土井忠直子爵の子 利正
明治19-昭和38


■前妻 生駒親忠男爵の娘 鉚子
明治26-大正14


■後妻 芸者寿々 映画監督溝口健二の姉


下が忠正
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トリック写真 同一人物
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左が忠正
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●後妻の子 正文
●後妻の子 鍈子 婿養子を迎え次代当主とする
●後妻の子 正光
●後妻の子 正之
●後妻の子 恭子 婿養子を迎え次々代当主とする


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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

二十歳で子爵家を相続した松平忠正は生粋の道楽者で、
先祖伝来の不動産や骨董品を趣味の園芸に投じた。
大正03年には国宝級の骨董類を12万8000円で売り話題に。
10棟の温室を造り、ダリアの栽培に没頭する。
戦後は財産をすべて失う。

芸者寿々との間に5人の子供をもうけるが、入籍したのは戦後になってからだった。
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◆松平忠宏●子供ナシ
1912-   明治45-
もと佐竹義生侯爵の子 義宏 婿養子になる


■妻 先代忠正の娘 鍈子 杉田藤太郎と再婚
1915-





◆松平忠明
1919-
もと立花種忠子爵の子 婿養子になる


■妻 先々代忠正の娘 恭子 川勝秀夫と再婚
1920-


●忠厚
●忠和
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by oMUGIo | 2003-07-05 00:00 | 武家華族

松平子爵家 会津藩主 その2

●容大 11代当主
●健雄 士族小杉直吉の娘抄子と結婚
●英夫 山田顕義伯爵の娘梅子の婿養子になり山田英夫伯爵となる
●恒雄 鍋島直大侯爵の娘信子と結婚→娘は秩父宮勢津子妃
●保男 12代当主


左から 容大 保夫 英夫
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●健雄 士族小杉直吉の娘抄子と結婚
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●英夫 山田顕義伯爵の娘梅子の婿養子になり山田英夫伯爵となる
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●芳子 大村純毅伯爵夫人
●徳子 稲葉正凱子爵夫人
●和子 徳川慶光公爵夫人
●順子 慶喜系徳川誠男爵の子徳川熙と死別・原田進と再婚
●敬子 松本文治夫人
●保定 次代当主
●保興 福原貞蔵の娘照子と結婚


●女子
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●和子 徳川慶光公爵夫人
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by oMUGIo | 2003-07-04 00:00 | 武家華族

松平子爵家 会津藩主 その1

東京本邸 小石川区小日向第六天町 (現:文京区小日向または春日)


◆松平容保
1836-1893 天保06-明治26 56歳没
もと高須藩主松平義建の子・高須四兄弟の三番目 婿養子になる 
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高須四兄弟 左から ④桑名松平定敬 ③会津松平容保 ②一橋徳川茂栄 ①尾張徳川慶勝
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■前妻 先代容敬の娘 敏子
1843-1861 天保14-文久01 18歳没


■後妻 加賀藩主前田慶寧の娘 礼子 相手死別・榊原政敬子爵の後妻
1854-1899


●側室の子 容大 11代当主
●生母不明 健雄 士族小杉直吉の娘抄子と結婚
●側室の子 英夫 山田英夫伯爵となる
●側室の子 恒雄 鍋島直大侯爵の娘信子と結婚→娘は秩父宮勢津子妃
●側室の子 保男 12代当主





◆松平喜徳
1855-1891 安政02-明治24 35歳没
もと水戸徳川斉昭の子 徳川昭則 将軍徳川慶喜の弟
のちに当家を離れて守山藩主になり子爵となる
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◆松平容大
1869-1910 明治02-明治43 40歳没
先々代容保の子
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■妻 鶴田藩主松平武聡の娘 鞆子
1873-1941 明治06-昭和16 68歳没
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左から2人目 堀田正倫夫人伴子 叔父堀田正倫伯爵 鞆子夫人 
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◆松平保男
1878-1944 明治11-昭和19 65歳没
先代容大の弟
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■妻 沼津藩主水野忠敬の娘 進子
1889-1968 明治22-昭和43 79歳没
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左から 進子夫人 鞆子夫人 保男
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●芳子 大村純毅伯爵夫人
●徳子 稲葉正凱子爵夫人
●和子 徳川慶光公爵夫人
●順子 慶喜系徳川誠男爵の子徳川熙と死別・原田進と再婚
●敬子 松本文治夫人
●保定 次代当主
●保興 福原貞蔵の娘照子と結婚





◆松平保定
1926-


■妻 三上春雄の娘 恵子
1928-


●保久
●友子
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by oMUGIo | 2003-07-03 00:00 | 武家華族

松平侯爵家 福井藩主 その2

●節子  次々代当主松平康荘夫人
●里子  慶喜系徳川厚男爵夫人
●正子  毛利五郎男爵夫人
●千代子 三条公美公爵夫人
●慶民  松平慶民子爵となる
●義親  尾張徳川義礼侯爵の娘の婿養子になり徳川義親侯爵となる


●里子 慶喜系徳川厚男爵夫人
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●正子 毛利五郎男爵夫人
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●千代子 三条公美公爵夫人
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●慶民 松平慶民子爵となる
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●義親 尾張徳川義礼侯爵の娘の婿養子になり徳川義親侯爵となる
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●幸子の子 康荘 次代当主
●生母不明 春光 竹屋春光子爵となる
●生母不明 茂時 藤波言忠子爵の娘忠子の婿養子になり藤波茂時子爵となる  
●生母不明 清子 鍋島直庸子爵夫人
●生母不明 敬子 加藤泰通子爵夫人
●生母不明 昭子 戸田康保子爵夫人


●敬子 加藤泰通子爵夫人
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●昭子 戸田康保子爵夫人
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●康昌 次代当主
●康邦 広橋賢光伯爵の娘寿子と結婚
●康信 大浦康信子爵となる 伊達宗曜男爵の娘直子と結婚
●鋹子 財閥三井高公男爵夫人
●康亀 西邑清長の娘恒子と結婚 
●康忠 梅原逸太郎の娘綾子と結婚


●鋹子 財閥三井高公男爵夫人
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by oMUGIo | 2003-07-02 00:00 | 武家華族

松平侯爵家 福井藩主 その1

東京本邸 小石川区小日向第六天町 (現:文京区小日向または春日)


◆松平春嶽/松平慶永
1828-1890 文政11-明治23 61歳没
もと田安徳川斉匡の子
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■妻 熊本藩主細川斉護の娘 勇子
1834-1887 天保05-明治20 53歳没
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★側室 婦志
1855-1925 安政2-大正14 70歳没
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春嶽には複数の側室がいたが、育ったのは婦志の子供だけである。


●婦志の子 節子  次々代当主松平康荘夫人
●婦志の子 里子  慶喜系徳川厚男爵夫人
●婦志の子 正子  毛利五郎男爵夫人
●婦志の子 千代子 三条公美公爵夫人
●婦志の子 慶民  松平慶民子爵となる
●婦志の子 義親  尾張徳川義礼侯爵の娘の婿養子になり徳川義親侯爵となる





◆松平茂昭
1836-1890 天保07-明治23 53歳没
もと糸魚川藩主松平直春の子
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■最初の妻 徳島藩主蜂須賀斉裕の娘 賀代子    


■2番目の妻 久我建通の娘 幸子 死別    
-明治10
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■3番目の妻 広橋胤保の娘 幾子    
1858-1911 安政05-明治44
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●幸子の子 康荘 次代当主
●生母不明 春光 竹屋春光子爵となる
●生母不明 茂時 藤波言忠子爵の娘忠子の婿養子になり藤波茂時子爵となる  
●生母不明 清子 鍋島直庸子爵夫人
●生母不明 敬子 加藤泰通子爵夫人
●生母不明 昭子 戸田康保子爵夫人


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孫 松平康昌

ある時祖父は「分家から本家を継いで困るような事はありませんでしたか」
と尋ねられたそうだ。「一つだけある」と答えた。
「それは、今までは用を足して自分で始末をしていたけれども、
本家を継いだら自分で始末をしてはいけないと言われた。これには困った」
子供の頃からそのように習慣づけられておればなんともないのでしょうが、
相当の年齢に達してからそういう風にやらされるのでは困りましょうね。

三井物産の主役としてならした山本条太郎という人がいた。
山本さんのお父さんは私の家の会計の職務にあった。
私の父や母は旧家臣であっても、現在の社会的地位に応じた扱いをしていた。
けれども祖母は違っていた。
山本さんが祖母の部屋へ挨拶に行くと、祖母は山本さんを「太郎」と呼び捨てにする
祖母にしてみれば、旧臣の息子でありその父は家の会計役をしている。
どんな出世をしたか知らないが、とにかく旧臣である会計の息子なんだから
「太郎」と呼ぶ事になんの不自然さも感じないわけだ。
「私を太郎と呼ぶのは、三井の本家とあなただけですよ」と閉口しながら、
山本さんが苦笑していたのを覚えている。

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◆松平康荘
1867-1930 慶応03-昭和05 63歳没

*ドイツとイギリスに留学
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■妻 先々代春嶽の娘 節子
明治09-
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●康昌 次代当主
●康邦 広橋賢光伯爵の娘寿子と結婚
●康信 大浦康信子爵となる 伊達宗曜男爵の娘直子と結婚
●鋹子 財閥三井高公男爵夫人
●康亀 西邑清長の娘恒子と結婚 
●康忠 梅原逸太郎の娘綾子と結婚





◆松平康昌
1893-1957 明治26-昭和32 63歳没


■妻 本家徳川家達公爵の娘 綾子
1897-1976

*身長172センチ、スタイルの良い美人として有名であった。
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ヨーロッパにて
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イギリス・ウィンブルドンにて 左から 綾子 康昌 不明
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●康愛 





◆松平康愛
1916-1957

フランスにて 両親と
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■妻 徳川慶久公爵の娘 久美子 高松宮喜久子妃の妹 本人死別・久美子は井手次郎と再婚
1922-


●智子 婿養子を迎え次代当主とする





■松平宗紀
1940-
もと徳川達成伯爵の子 婿養子になる


■妻 先代康愛の娘 智子
1944-


●照康
●承昌
●聡子
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by oMUGIo | 2003-07-01 00:00 | 武家華族


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