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松平恒雄家 会津藩主系

◆松平恒雄 外交官
1877-1949 明治10-昭和24 72歳没


■妻  鍋島直大侯爵の娘 信子 姉は梨本宮伊都子妃
1886-1969 明治19-昭和44 82歳没


左 母鍋島栄子  右 信子
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●一郎 次代当主
●節子 秩父宮勢津子妃
●正子 尾張徳川義親侯爵の子徳川義知夫人
●次郎 早逝


左から 恒雄 秩父宮勢津子妃 信子夫人 正子
手前 次郎
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左から 信子夫人 一郎 正子 秩父宮勢津子妃 恒雄
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左から 正子 秩父宮勢津子妃
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●正子 尾張徳川義親侯爵の子徳川義知夫人
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◆次代 松平一郎 銀行家
1907-1922 明治40-平成04 85歳没

*ロンドン生まれ


■妻 徳川家正公爵の娘 豊子
1913- 大正02-


後列立つ左から 正子の夫徳川義知 一郎 次郎
前列椅子左から 正子 信子夫人 秩父宮勢津子妃 恒雄 一郎夫人豊子  
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●恒忠
●恒孝 本家徳川家当主 徳川恒孝となる
●恒和
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by oMUGIo | 2003-08-20 00:00 | 武家華族

松平斉男爵家 津山藩系

◆松平斉
津山藩主松平斉民の子
1874- 明治07- 

*失踪のまま生死不明


■妻 将軍徳川慶喜の娘 浪子
1880-1954 74歳没
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●斉光 次代当主


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<松平斉男爵失踪事件>

松平斉の父松平斉民/確堂は将軍徳川家斉の子で、
家達が徳川宗家の後継者に決まると、後見人として確堂が選ばれた。
息子斉は父確堂とともに徳川宗家に出入りしており、
ここに預けられていた慶喜の娘たちとは顔見知りであった。
しかし風采の上がらぬ斉は、慶喜の娘たちにはあまり人気がなかった。
その後、斉との縁談が持ち上がった浪子は乗り気ではなかった。
しかし静岡の慶喜から呼びつけられ、世話になっている確堂の子と結婚するように説得された。

二人は結婚するが、結婚後は夫婦仲はうまく行った。
東京帝大で植物学を学んでいた斉は、結婚後も屋敷と大学を往復する生活を送っていた。
ところが7ヶ月後、斉は失踪する。
当時浪子は妊娠中、斉も子の誕生を楽しみにしていたという。
妻も家族も一切心当たりがなかった。慶喜もかなり心配した。
松平家はこれを警察には届けなかったため、当時新聞などで騒がれることもなかった。
翌年浪子は斉光を生んだため当主として家を存続させる。

蜂須賀正韶侯爵に嫁いだ浪子の姉筆子が子供を遺して亡くなっていたため、
慶喜は浪子に蜂須賀家の後妻となるように勧めたが、浪子はこれを断り松平家にとどまった。
現在に至るまで斉の行方は不明のままである。
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◆松平斉光
1897-1979 82歳没
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■妻 水戸徳川昭武公爵の娘 直子
1900-1989 89歳没
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●光子 豊田禎夫夫人
●英子 岩瀬義郎夫人
●華子 鎌田勇夫人
●斉義





◆松平斉義
1941-


■妻 相馬澄胤の娘 順子
1946-


●斉康
●斉忠
●陽子
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by oMUGIo | 2003-08-19 00:00 | 武家華族

松平慶民子爵家 福井藩系

◆松平慶民
1882-1948 明治15-昭和23
もと福井藩主松平春嶽の子

*英オックスフォード大学に留学

オックスフォード大学にて
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■妻 新田忠純男爵の娘 幸子
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●美智子 伊達宗彰侯爵夫人
●永芳  次代当主
●綾子  吉川重国男爵夫人
●英子  鹿島晃久伯爵夫人
●忠永  本家徳川公爵家の養子となるが離縁


立つ左から 綾子 永芳 忠永 英子
座る左から 美智子 慶民 幸子夫人
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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年09月30日

宮内官僚小原駩吉の台詞

松平慶民子爵は福井松平春嶽の子にしてその家を継ぐべき者なるも、
幼少なりしをもって松平康荘をしてこれを継がしめ慶民は康荘の養子となりおりたるも、
民法施行の結果慶民は指定相続人のごとき形となり問題を生じたり。
慶民はイギリス留学中自ら相続人たる事を辞し、
分家して特に子爵を授けられたるものなり。

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◆松平永芳
1915-2005


■妻 醍醐忠重侯爵の娘 充子


●永忠
●礼子 松平秀治夫人
●武子 住友吉左衛門住友芳夫夫人
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by oMUGIo | 2003-08-18 00:00 | 武家華族


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