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池田侯爵家 鳥取藩主 その2

●輝理 早逝
●幹子 一橋徳川宗敬伯爵夫人
●徳真 次代当主
●綱博 朽木綱博子爵となる
●謙子 池田清就夫人
●静子 西郷従吾夫人
●温子 水野忠款子爵夫人
●博正 荒尾博正男爵となる


●輝理 早逝
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後列6人左から 綱博 幹子 仲博 亨子夫人 徳真 謙子
前列4人左から 温子 博正 幸子夫人 静子
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左から 温子 幹子 静子 謙子
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左から 徳真 水野忠款子爵/温子の夫 篠遠喜人
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by oMUGIo | 2004-01-10 00:00 | 武家華族

池田侯爵家 鳥取藩主 その1

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◆池田慶栄●子供ナシ
1834-1850 天保05-嘉永03 15歳没
もと加賀藩主前田斉泰の子


■妻 鹿奴藩主池田仲律の娘 聡子/延子/整子/
1834-1879 天保05-明治12 45歳没 
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◆池田慶徳
1837-1877 天保08-明治10 39歳没
もと水戸徳川斉昭の子 将軍徳川慶喜の兄
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■妻 鳥取新田藩主池田定保の娘 寛子/定子/楽子/敬子
1842-1872 天保13-明治05 30歳没 
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●野本氏の子 輝知 次代当主





◆池田輝知
1861-1890 万延01-明治23 29歳没


■妻 佐賀藩主鍋島直正の娘 幸子
1861-1927 文久01-昭和02 66歳没


輝知&幸子夫妻
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●亨子 婿養子を迎え次代当主とする
●厳子 南部利淳伯爵夫人


後列左から 輝知の妻幸子 仲博
前列左から 亨子 厳子 
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◆池田仲博
1877-1948 明治10-昭和23 70歳没
もと将軍徳川慶喜の子 徳川博 婿養子になり仲博と改名する

*ヨーロッパを2年間外遊する
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■妻 先代輝知の娘 亨子
1884-1923 明治17-大正12 39歳没 
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左から 輝知の妻幸子 亨子夫人 仲博 厳子 先代輝知生母/側室池田浪子
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●輝理 早逝
●幹子 一橋徳川宗敬伯爵夫人
●徳真 次代当主
●博久 朽木綱博子爵となる 勝清伯爵の娘道子と結婚
●謙子 池田清就子爵夫人
●静子 西郷従徳侯爵の子西郷従吾夫人
●温子 水野忠款子爵夫人
●博正 荒尾博正男爵となる 二荒芳徳伯爵の娘富士子と結婚


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慶喜の息子たちはみな慶喜に似て趣味人で、趣味の範囲が広い。
しかし、慶喜と同じく趣味であろうと女であろうと、対象に凝りすぎ没頭しすぎる傾向があった。

仲博は俳句に凝り、自宅に高浜虚子を招いて教えを請うたり、
父の徳川慶喜までも巻き込んで句会を開くほどハマっていたが、突然やめた。
次に謡を始めたが、妻はもちろん使用人に至るまで謡をやらされた。

また剣道や野球も好きで、仲博が声をかけると「お殿様がお呼びだ」と、
邸内の使用人や使用人の子供はもちろん、近所の住人まで駆けつけなければならなかった。
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◆池田徳真
1904-1993 明治37-平成05 89歳没

*英オックスフォード大学に留学


■妻 朽木綱貞子爵の娘 美智子
明治40-
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●百合子
●英子
●惠美子
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by oMUGIo | 2004-01-09 00:00 | 武家華族

島津公爵家 薩摩藩主 その2

●清子 黒田長成侯爵夫人
●充子 池田詮政侯爵と離婚・松平直亮伯爵と再婚
●常子 山階宮菊麿王妃
●知子 田安徳川達孝伯爵の後妻
●貞子 久松定謨伯爵夫人
●俔子 久邇宮邦彦王妃
●正子 本家徳川家正公爵夫人
●忠重 次代当主
●忠備 島津忠備男爵となる 戸田忠雄子爵の娘愛子と結婚
●忠弘 島津忠弘男爵となる 岩倉具定公爵の娘季子と結婚
●久範 島津久範伯爵となる 結婚3回  
島津忠麿伯爵の娘随子→島津忠麿伯爵の娘秀子→高倉永則子爵の娘久子
●康久 島津忠済公爵の娘肅子と結婚
●為子 紀州徳川頼貞侯爵夫人


女性左から 赤ちゃん為子 正子 俔子 常子 充子 側室寿満子
男性左から 康久 久範 忠弘 忠備 忠重 
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後列左から 充子 清子 俔子
前列左から 島津久長の娘/近衛忠房夫人:貞子/光子 知子 不明 正子
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立つ左から 康久 忠弘 側室寿満子 忠備 久範 
椅子左から 正子 貞子 常子 清子 忠重 充子 知子 俔子 為子
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●清子 黒田長成侯爵夫人
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●充子 池田詮政侯爵と離婚・松平直亮伯爵と再婚
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●常子 山階宮菊麿王妃
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●知子 田安徳川達孝伯爵の後妻
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●俔子 久邇宮邦彦王妃
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●正子 宗家徳川家正公爵夫人
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●忠備 島津忠備男爵となる 戸田忠雄子爵の娘愛子と結婚
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●忠弘 島津忠弘男爵となる 岩倉具定公爵の娘季子と結婚
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●久範 島津久範伯爵となる 結婚3回
島津忠麿伯爵の娘随子→島津忠麿伯爵の娘秀子→高倉永則子爵の娘久子
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久範&久子夫妻と子供たち
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●康久 島津忠済公爵の娘肅子と結婚
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●為子 紀州徳川頼貞侯爵夫人
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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正11年11月02日

倉富&東久邇宮家宮務監督金井四郎の会話

倉富◆久邇宮俔子妃はよほど寡言の方なる由。
金井◆これはまったく無言なり。

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by oMUGIo | 2004-01-08 00:00 | 武家華族

島津公爵家 薩摩藩主 その1

東京本邸 芝区袖ヶ崎 (現:品川区東五反田) 敷地3万坪 建坪2,500坪
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◆島津斉彬
1809-1858 文化06-安政05 49歳没
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■妻 一橋徳川斉敦の娘 恒子
1805-1858 文化02-安政05 53歳没


★側室 伊集院須磨
1821-1870 文政04-明治03 49歳没
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斉彬には複数の側室がいたが、育ったのは須磨の子供だけである。


●須磨の子 暐子 次代当主の前妻
●須磨の子 典子 島津珍彦男爵夫人
●須磨の子 寧子 次代当主の後妻


大きい順に 暐子 典子 寧子
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■島津忠義
1840-1897 天保11-明治30 57歳没
先代斉彬の甥/もと島津久光公爵の子 婿養子になる
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■最初の妻 先代斉彬の娘 暐子 死別
1851-1869 嘉永05-明治02 18歳没


■2番目の妻 先代斉彬の娘 寧子 前妻の妹 死別
1853-1879 嘉永06-明治12 26歳没


■3番目の妻 板倉勝達子爵の娘 棲子
 -1886


★側室 山崎寿満子
1850-1927 嘉永03-昭和02 77歳没


★側室 菱刈久
1872-1960 明治05-昭和35 88歳没


●山崎寿満子の子 清子 黒田長成侯爵夫人
●山崎寿満子の子 充子 池田詮政侯爵と離婚・松平直亮伯爵と再婚
●山崎寿満子の子 常子 山階宮菊麿王妃
●山崎寿満子の子 知子 田安徳川達孝伯爵の後妻
●山崎寿満子の子 貞子 久松定謨伯爵夫人
●山崎寿満子の子 俔子 久邇宮邦彦王妃
●山崎寿満子の子 正子 本家徳川家正公爵夫人
●山崎寿満子の子 忠重 次代当主
●菱刈久の子    忠備 島津忠備男爵となる 戸田忠雄子爵の娘愛子と結婚
●菱刈久の子    忠弘 島津忠弘男爵となる 岩倉具定公爵の娘季子と結婚
●菱刈久の子    島津久範伯爵となる 結婚3回  
島津忠麿伯爵の娘随子→島津忠麿伯爵の娘秀子→高倉永則子爵の娘久子
●菱刈久の子    康久 島津忠済公爵の娘肅子と結婚 
●菱刈久の子    為子 紀州徳川頼貞侯爵夫人





◆島津忠重
1886-1968 明治19-昭和43 82歳没
イギリスに駐在
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■妻 徳大寺実則公爵の娘 伊楚子
1888-1971 明治21-昭和46 83歳没
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●忠秀 次代当主
●経子 島津忠済公爵の子島津久大夫人
●晃久 鹿島晃久伯爵となる 福井松平慶民子爵の娘英子と結婚
●矩久 柳原博光伯爵の娘行子と結婚
●斉徳 柳沢保承伯爵の娘佐久子の婿養子になるが離婚


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

先年十五銀行がいけなくなった時、社長の松方巌公爵は爵位をも辞退し
その他身についた一切の公職を投げ出して一平民の松方巌となり
どこかの長屋へ今は日陰者の身を運び込んだ。
自分が主宰する銀行があんなことになって
世間様を騒がして何とも申し訳がないという意思を表明したものであるが、
実を言うとあれは表面だけのことで、
本当の心は旧藩主島津家に対する謝罪のためあのような態度に出たと言った者があった。

十五銀行の騒ぎでは旧大小名華族のほとんど全部が大なり小なり手傷を負うたが、
中でも最もひどくやられたのは島津公爵家であった。
当時島津家では十五銀行へ150万円の預金があった。
そのうえに2万近い新株を持っていてその払い込みがざっと145万円、
もし島津家がこの新株を払い込まないようだったら
十五銀行の整理案が成り立たぬというのっぴきならぬ辛い立場に置かれた。

何と言っても九州の島津だ、
動産不動産合わせて8000万円は下るまいと言われている金持華族だから
それぐらいの金は右から左へ出すだろうと思われたが、
有るようで無いのは金、無いようで有るのは借金というやつ、こればかりはどうにもならぬ。
そこで袖ヶ崎のあの屋敷、
明治大帝がしばしば行幸あらせられたという由緒の深い3万坪の屋敷のうち6千坪だけを残し、
後を全部売りに出してそこから浮かんだ240万円の金で銀行の方のカタをつけたものだ。

いくら島津が財産家でもこれはこたえたに違いない。
そこで松方公爵にすれば旧臣の情誼として
主家にそれほどの大穴を開けたからには何とかして申し訳をせねばならぬ道理、
昔ならさしずめ切腹ものだが、今ではそんな古手は流行らない。
それで身につくもの一切を投げ出してこれで御勘弁と出たという。

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◆島津忠秀
1912-1996 大正01-平成08 84歳没


■妻 近衛文麿公爵の娘 昭子 離婚
1916-2004 大正05-平成16 88歳没

*昭子は戦後になって整体師野口晴哉と駆け落ちして再婚、
『昭和のノラ事件』と呼ばれて話題になった。

昭子と父近衛文麿
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●忠敬
●修久
●滋子
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by oMUGIo | 2004-01-07 00:00 | 武家華族

伊達侯爵家 宇和島藩主 その2

●宗徳 次々代当主
●正子 島原藩主松平忠夫人
●節子 飯野藩主保科正益夫人
●忠淳 島原藩主松平忠淳となる





●幸民 真田幸民伯爵となる
●宗敦 伊達宗敦男爵となる 広幡忠礼侯爵の娘徳子と死別・松根三楽の娘万喜子と再婚
●初子 柳原前光伯爵夫人
●昌邁 奥平昌邁伯爵となる 山形藩主水野忠精の娘静子と結婚
●敏子 松根城臣夫人
●理子 伊能英次郎夫人
●照子 山形藩主水野忠弘と死別・財閥三井高弘男爵と再婚
●順子 桑折城方夫人
●信広 瀧脇信広子爵となる 小久保藩主田沼意尊の娘智恵と離婚
●幾子 志賀平四郎夫人・桜田栄次郎夫人
●忠良 三根山藩主牧野忠泰の娘千代子の婿養子になり牧野忠良子爵となる
●宗倫 伊達宗倫男爵となる 
●泰子 坂田九郎夫人
●宗曜 伊達宗曜男爵となる 吉田藩主伊達宗孝の娘冨喜子と結婚
●広城 蒔田広城子爵となる


●宗敦 伊達宗敦男爵となる 広幡忠礼侯爵の娘徳子と死別・松根三楽の娘万喜子と再婚
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●初子 柳原前光伯爵夫人
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●昌邁 奥平昌邁伯爵となる 山形藩主水野忠精の娘静子と結婚
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●忠良 三根山藩主牧野忠泰の娘千代子の婿養子になり牧野忠良子爵となる

忠良と娘福子
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●宗曜 伊達宗曜男爵となる 吉田藩主伊達宗孝の娘冨喜子と結婚
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●宗陳  次代当主
●富子  北白川宮能久親王の後妻
●康虎  本多康虎子爵となる 高取藩主植村家保の娘幸子と結婚
●紀隆→ 子宗彰は次々代当主
●剛吉郎 土居剛吉郎となる
●長徳  丹羽長徳子爵となる
●直徳  一柳直徳子爵となる
●芳徳  二荒芳徳伯爵となる


左から 宗陳 宗陳前妻納子 宗敦 節子 宗城 初子 宗紀 康虎夫人幸子 宗徳 康虎 幸民
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●富子  北白川宮能久親王の後妻
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●長徳  丹羽長徳子爵となる
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●芳徳  二荒芳徳伯爵となる
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by oMUGIo | 2004-01-06 00:00 | 武家華族

伊達侯爵家 宇和島藩主 その1

◆伊達宗紀
1792-1889 寛政04-明治22 97歳没


■妻 佐賀藩主鍋島治茂の娘 観子
1799-1870


●宗徳 次々代当主
●正子 島原藩主松平忠夫人
●節子 飯野藩主保科正益夫人
●忠淳 島原藩主松平忠淳となる





◆伊達宗城
1818-1892 文政01-明治25 74歳没
先代の甥/旗本山口直勝の子


中央
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■妻 佐賀藩主鍋島斉直の娘 益子
1808-1866


●幸民 真田幸民伯爵となる
●宗敦 伊達宗敦男爵となる 広幡忠礼侯爵の娘徳子と死別・松根三楽の娘万喜子と再婚
●初子 柳原前光伯爵夫人
●昌邁 奥平昌邁伯爵となる 山形藩主水野忠精の娘静子と結婚
●敏子 松根城臣夫人
●理子 伊能英次郎夫人
●照子 山形藩主水野忠弘と死別・財閥三井高弘男爵と再婚
●順子 桑折城方夫人
●信広 瀧脇信広子爵となる 小久保藩主田沼意尊の娘智恵と離婚
●幾子 志賀平四郎夫人・桜田栄次郎夫人
●忠良 三根山藩主牧野忠泰の娘千代子の婿養子になり牧野忠良子爵となる
●宗倫 伊達宗倫男爵となる 
●泰子 坂田九郎夫人
●宗曜 伊達宗曜男爵となる 吉田藩主伊達宗孝の娘冨喜子と結婚
●広城 蒔田広城子爵となる





◆伊達宗徳
1830-1906 文政13-明治39 76歳没
先代宗城のイトコ/先々代宗紀の子
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■最初の妻 萩藩主毛利斉元の娘 孝子
1829-1853 


■2番目の妻 久保田藩主佐竹義厚の娘 佳子
1837-1868
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■3番目の妻 富島元起の娘 秀子
天保14-大正02


●宗陳  次代当主
●富子  北白川宮能久親王の後妻
●康虎  本多康虎子爵となる 高取藩主植村家保の娘幸子と結婚
●紀隆  北条氏恭子爵の娘智子と結婚→子宗彰は次々代当主 
●剛吉郎 実業家土居通夫の養子になり土居剛吉郎となる
●長徳  丹羽長国子爵の娘組子の婿養子になり丹羽長徳子爵となる
●直徳  一柳直徳子爵となる 挙母藩主内藤文成の娘操と結婚
●芳徳  二荒芳徳伯爵となる 北白川能久親王の娘拡子女王と結婚





◆伊達宗陳●子供ナシ
1860-1923 63歳没
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■前妻 久留米藩主有馬頼咸の娘 納子
1868-1896 
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■後妻 紀州徳川茂承侯爵の娘 孝子
1874-1960 
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萬朝報 明治31年07月09日

伊達宗陳は侯爵伊達宗徳の嫡男なるが、北品川の自邸に大塚テイ(23)なる妾を蓄う。
テイは神田旭町の大工与助の長女にて類いまれなる美人なるより、
かつて歌舞伎座見物の際 宗陳氏に見初められついに妾となる。

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◆伊達宗彰
1905-1969
先代宗陳の甥/伊達紀隆の子


■妻 福井松平慶民子爵の娘 美智子
1912-1972 


●宗礼
●宗忠
●素子
●順子
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by oMUGIo | 2004-01-05 00:00 | 武家華族

前田侯爵家 加賀藩主 その2

●庶子 礼子 榊原政敬子爵の後妻
●庶子 利嗣 次代当主
●庶子 慰子 有栖川宮威仁親王妃
●庶子 衍子 近衛篤麿公爵の前妻→子は近衛文麿  
●庶子 貞子 近衛篤麿公爵の後妻


●慰子 有栖川宮威仁親王妃
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●衍子 近衛篤麿公爵の前妻→子は近衛文麿
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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

衍子の嫁入り道具は、箪笥17棹分の着物だけで3万5000円。
東京の呉服店にないものは、京都の織元まで行って希望通りの品物を誂えさせた。
しかし嫁いでわずか1年後に亡くなったため、3棹の着物を着ただけだった。
残りの14棹の衣装は形見分けとして嫁ぎ先近衛家の女中に分配された。
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●利建  次代当主
●美意子 酒井忠元伯爵夫人
●智意子/瑤子
●利弘  前田利弘子爵となる
●弥々子


中央 利建&政子夫妻
左側 利為&菊子夫妻
右端 仲人の近衛文麿夫妻
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左側 利為&菊子夫妻
右側 利建&政子夫妻
椅子 朗子夫人
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by oMUGIo | 2004-01-04 00:00 | 武家華族

前田侯爵家 加賀藩主 その1

東京本邸 荏原郡目黒町 (現:目黒区駒場)

15,000坪の敷地に和館・洋館があり、136人の使用人が働いていた。
東洋一の大邸宅と呼ばれたこの本邸では、敷地内でテニス・ゴルフ・乗馬・スキーが楽しめた。
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鎌倉別邸
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◆前田慶寧
1830-1874 天保01-明治07 43歳没


■前妻 久留米藩主有馬頼徳の娘 崇子  
1832-1856 天保03-安政03 24歳没


■後妻 久我建通の娘 通子  
1846-1864 弘化3-元治01 18歳没


●庶子 礼子 榊原政敬子爵の後妻
●庶子 利嗣 次代当主
●庶子 慰子 有栖川宮威仁親王妃
●庶子 衍子 近衛篤麿公爵の前妻  
●庶子 貞子 近衛篤麿公爵の後妻





◆前田利嗣
1858-1900 安政05-明治33 42歳没

*岩倉使節団の一員としてイギリスに留学した。



■前妻 松浦詮伯爵の娘 宣子 離婚
1865-1882


■後妻 鍋島直大侯爵の娘 朗子
1870-1949 明治03-昭和24 79歳没
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●後妻の子 渼子 婿養子を迎え次代当主とする


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明治天皇紀 明治22年02月14日

有栖川宮威仁親王その宿願を聴され再び欧州差遣の命を蒙るや、
妃慰子かねてより視察の希望あるをもって同行せんことを欲す。
天皇すぐにこれを斥け「婦女の洋行はいたずらに西欧の物質文化に眩惑せられ、
娯楽または奢侈の悪風を助長するに過ぎず」と為して敢えて聴したまうの意なし。
先年小松宮彰仁親王、妃を伴いて欧州に抵しが、
いたずらに宝石・衣類等を購いしが如き結果にかんがみたまうなり。
父有栖川熾仁親王さらにこれを請えどもついに肯じたまわず。
よりて親王、自費をもって同行せしめんことを請うに及び、
天皇はじめて「そは勝手たるべし」との仰せあり。
これにおいておいて威仁親王の願意ようやく達し、
この年01月10日慰子の徴行して侯爵前田利嗣夫婦と共に洋行するを許したまう
利嗣は慰子の兄なるをもって、慰子これと同行しその費は利嗣をして支弁せしむることとせるなり。


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萬朝報 明治31年08月16日

侯爵前田利嗣はかつて伯爵松浦詮長女宣子と結婚したれど故ありて離縁となりたるが、
その後侯爵家にては諸方に手を回して後妻たるべき人を求めたれども
いずれも長し短しにて縁談はととのわず、とかくするうち二年ほど経過し、
侯爵鍋島直大長女朗子という才貌兼備の美人がようやく16の春を迎えたりと聞き、
前田家にては主従一同じつにふさわしき縁談なりしとさっそく鍋島家に申し込みたるに、
朗子は両親に向いて
「たとえ高位高官の人にあらざるも妾を畜えざる人に嫁して苦楽をともにするが一生の望みなり。
もし前田侯爵にして生涯妾を持たざることを誓わるるならば喜んで承諾すべし」と言い出られしかば、
両親もげにもっともなりと同意し愛嬢が志のほどをありのままに前田家に通じたるに、
同家にては懇望の情切なる折から朗子が道理ある言い分を打ち消すべき口実もなければ、
その言い分通り侯爵は生涯妾を持たざることを堅く誓約し縁談ここにととのいて華燭の典を挙げ、
夫人は一女を挙け湊子と命名し琴瑟益々和合しけれど爾来夫人にはさらに子なく、
それがためか否やは知らざれども侯爵は朗子に対する往年の契約を破り、
昨年中山田サダ(20)という妾を抱えたり。
サダは福島県耶麻郡麻布塩川村士族渡辺由之助の娘にて、
13歳の時故ありて本郷区弓町山田鎮三の養女となりたる者なるが、
今や前田家にありて侯爵の寵を受けれども夫人朗子にはもちろん何人にも深く秘しありとぞ。


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◆前田利為
1885-1942 明治18-昭和17 57歳没
もと七日市藩主前田利昭の子 婿養子になる

*ドイツに留学・ヨーロッパに駐在


■前妻 先代利嗣の娘 渼子 死別
1887-1923 明治20-大正12 36歳没

*夫妻でヨーロッパ外遊中にパリで病死
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■後妻 酒井忠興伯爵の娘 菊子
1903-1986 明治36-昭和63 83歳没

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菊子は久邇宮朝融王と婚約していたが、
7年も経ってから朝融王が一方的に婚約破棄したため大問題となった。
その後、望まれて妻を亡くした前田利為侯爵の後妻となる。
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●前妻の子 利建  次代当主
●後妻の子 美意子 酒井忠元伯爵夫人
●後妻の子 智意子/瑤子
●後妻の子 利弘  前田利弘子爵となる
●後妻の子 弥々子





◆前田利建
1908-1989 明治41-平成01 81歳没


■妻 黒田長礼侯爵の娘 政子
1915- 大正04-
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●利祐
●和子
●綾子
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by oMUGIo | 2004-01-03 00:00 | 武家華族

鍋島侯爵家 佐賀藩主 その2

●建子 川越藩主松平直侯夫人
●直大 次代当主
●宏子  細川護久侯爵夫人
●直虎 小城藩主鍋島直亮の娘春子の婿養子になり鍋島直虎子爵となる
前妻と死別後盛岡藩主南部利剛の娘貴子と再婚
●直柔 蓮池藩主鍋島直紀の娘輝子の婿養子になり鍋島直柔子爵となる 
●幸子 池田輝知侯爵夫人


●直虎 小城藩主鍋島直亮の娘春子の婿養子になり鍋島直虎子爵となる
相手死別・盛岡藩主南部利剛の娘貴子と再婚
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●建子 川越藩主松平直侯夫人
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●朗子 前田利嗣侯爵の後妻となる
●直映 次代当主
●伊都子 梨本宮守正妃
●茂子 九条良政男爵と離婚・牧野忠篤子爵の後妻となる
●信子 会津藩主松平容保の子松平恒雄夫人→娘は秩父宮勢津子妃
●貞次郎 鍋島貞次郎男爵となる 鍋島直柔子爵の娘教子と結婚
●孝三郎 南部信方子爵の娘正子の婿養子になり南部信孝子爵となるが離婚
●俊子  高松松平頼聡伯爵の子松平胖夫人→娘誠子は李鍵公妃
●直縄 鍋島直縄子爵となる 毛利元功子爵の娘政子と結婚
●尚子 柳沢保承伯爵夫人
●哲雄


後列左から 直縄 直映 信子 孝三郎 俊子
前列左から 茂子 尚子 栄子夫人 直大 哲雄 禎子夫人
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枠内左から 朗子 伊都子 信子
立つ左から 直縄 孝三郎 貞次郎  俊子 尚子
座る左から 直映 禎子夫人 直大 哲雄 栄子夫人 茂子
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左から 禎子夫人 信子 栄子夫人 不明 茂子
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左から 茂子 俊子 禎子夫人 尚子
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●朗子 前田利嗣侯爵の後妻となる
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●伊都子 梨本宮守正妃
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●茂子 九条良政男爵と離婚・牧野忠篤子爵の後妻となる
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前夫 九条良政男爵
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茂子&後夫牧野忠篤子爵
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●信子 会津藩系外交官松平恒雄夫人→娘は秩父宮勢津子妃

母栄子と
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●貞次郎 鍋島貞次郎男爵となる
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●孝三郎 南部信方子爵の娘正子の婿養子になり南部信孝子爵となるが離婚
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●俊子  高松松平頼聡伯爵の子松平胖夫人→娘誠子は李鍵公妃
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●尚子 柳沢保承伯爵夫人
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左から 禎子夫人 尚子
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●哲雄
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左から 尚子 禎子夫人 直大 栄子夫人
手前は尚子の夫柳沢保承伯爵
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大人左から 俊子 俊子の夫松平胖 栄子夫人 直大 直映 禎子夫人
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by oMUGIo | 2004-01-02 00:00 | 武家華族

鍋島侯爵家 佐賀藩主 その1

東京本邸 麹町区永田町 (現:千代田区永田町)

2万坪の敷地に、それぞれ300坪の西洋館と日本館とがあった。
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◆鍋島直正
1815-1871 文化11-明治04 56歳没
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■前妻 将軍徳川家斉の娘 盛子/国子
1811-1847 文化08-弘化04 36歳没


■後妻 田安徳川斉匡の娘 筆子
1830-1886 文政13-明治19 56歳没
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●庶子 建子 川越藩主松平直侯夫人
●庶子 直大 次代当主
●庶子 宏子  細川護久侯爵夫人
●庶子 直虎 小城藩主鍋島直亮の娘春子の婿養子になり鍋島直虎子爵となる
死別後盛岡藩主南部利剛の娘貴子と再婚
●庶子 直柔 蓮池藩主鍋島直紀の娘輝子の婿養子になり鍋島直柔子爵となる 
●庶子 幸子 池田輝知侯爵夫人





◆鍋島直大
1846-1921 弘化03-大正10 75歳没

*オックスフォード大学に留学・イタリアに駐在
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■前妻 梅渓通善子爵の娘 胤子
1850-1880 嘉永03-明治13 30歳没
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イギリスにて
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■後妻 広橋胤保伯爵の娘 栄子
1855-1941 安政02-昭和16 86歳没

*南岩倉具義男爵と死別・イタリア駐在中の直大の元へ海を渡って嫁ぐ。
ともに配偶者と死別した再婚同士だった。
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●前妻の子 朗子 前田利嗣侯爵の後妻となる
●後妻の子 直映 次代当主
●後妻の子 伊都子 梨本宮守正妃
●生母不明 茂子 九条良政男爵と離婚・牧野忠篤子爵の後妻となる
●後妻の子 信子 会津藩主松平容保の子松平恒雄夫人→娘は秩父宮勢津子妃
●愛人の子 貞次郎 鍋島貞次郎男爵となる 鍋島直柔子爵の娘教子と結婚
●愛人の子 孝三郎 南部信方子爵の娘正子の婿養子になり南部信孝子爵となるが離婚
●愛人の子 俊子  高松松平頼聡伯爵の子松平胖夫人→娘誠子は李鍵公妃
●生母不明 直縄 鍋島直縄子爵となる 毛利元功子爵の娘政子と結婚
●生母不明 尚子 柳沢保承伯爵夫人
●愛人の子 哲雄


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萬朝報 明治31年08月29日

侯爵鍋島直大は佐賀県佐賀郡水ヶ江村大木益知の娘朝千代を妾とし、
貞次郎・孝三郎・俊子・哲雄の四人の庶子を挙げ今なお邸内に置く。


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伊都子が梨本宮に嫁いだ際は婚礼行列が行われた。
洋服箪笥・黒塗紋付箪笥一対・桐紋付金物一対・箪笥一対・中箪笥一対・小箪笥一対
・黒塗長棹一対・白木長棹一対・道具入り長棹6個などなど、行列は2日間続いた。

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◆鍋島直映
1872-1943 明治05-昭和18 71歳没

*英ケンブリッジ大学に留学


■妻 黒田長知侯爵の娘 禎子
1882-1933 明治15-昭和08 51歳没
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●直泰 次代当主





◆鍋島直泰
1907-1981 明治40-昭和56 74歳没
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■妻 朝香宮鳩彦王の娘 紀久子女王
1911-1989 明治44年-平成01 78歳没
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●倚子
●弘子
●直要
●陽子
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by oMUGIo | 2004-01-01 00:00 | 武家華族


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