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大村益次郎子爵家 軍人

◆大村益次郎
1824-1869 文政08-明治02 45歳没


■妻 高樹半兵衛の娘 コトコ
1832-1905 天保05-明治38 73歳没





◆大村松二郎
1851-1879 嘉永04-明治12 28歳没
もと山本藤右衛門の子
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◆大村寛人
1868-1892 明治01-明治25 24歳没
もと亀山教霖の子





◆大村徳敏
1876-1923 明治09-大正12 47歳没
もと毛利元徳公爵の子


■妻 福原芳山男爵の娘 梅子
1879-1956 明治12-昭和31 77歳没


左から 徳敏の妹毛利万子/武者小路公共子爵夫人 徳敏 梅子夫人
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●泰敏 次代当主
●静子 戸田忠孝子爵の前妻・本人死別


左から 梅夫人 泰敏 徳敏 静子
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左から 泰敏 静子 徳敏 梅子夫人
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◆大村泰敏
1908- 明治41-
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■前妻 桑名松平定晴子爵の娘順子 離婚・ウォルター・フィニーと再婚
1914- 大正03-


■後妻 四条隆英男爵の娘 光子
1916- 大正05-


●静子
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by oMUGIo | 2005-03-10 00:00 | 勲功華族

山本権兵衛伯爵家 政治家

東京本邸 芝区高輪台 (現:港区高輪)
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◆山本権兵衛 総理大臣
1852-1933 嘉永05-昭和08 81歳没
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■妻 遊女 登喜子
1860-1933 万延01-昭和08 72歳没
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●イネコ 軍人財部彪海夫人
●スエコ 軍人山路一善夫人
●清   次代当主
●ミネコ 学者山本盛正夫人
●ナミコ 上村従義男爵夫人
●トミコ 松方正義公爵の子松方乙彦夫人


左から スエコ ナミコ イネコ 清 登喜子夫人 ミネコ 権兵衛 トミコ
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●ナミコ 上村従義男爵夫人
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●トミコ 松方正義公爵の子松方乙彦夫人
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◆山本清
1883-1960 明治16-昭和35 76歳没


■妻 軍人平井七三郎の娘 マサコ
1894- 明治27-
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●満喜子 婿養子に迎え次代当主とする
●千代子 財閥大倉喜六郎夫人
●登茂子 建築家朝吹四郎夫人
●喜美子 加藤泰同夫人


●女子
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寺島雅子 細川護立侯爵令嬢/寺島宗従伯爵夫人

山本権兵衛総理のお孫さんで、きれいな4人の御姉妹がいらしたわね。
御姉妹が葉山の海岸を歩いていらっしゃるのだけど、きれいでとても目立っていましたね。

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◆山本清二
明治40-昭和23 1907-1948 41歳没
もと阿部圭一の子 婿養子になる


■妻 先代清の娘 満喜子
1912- 大正01-


●衛
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by oMUGIo | 2005-03-09 00:00 | 勲功華族

後藤象二郎伯爵家 政治家

◆後藤象二郎
1938-1897 天保09-明治30 59歳没
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■前妻 士族寺田左右馬の娘 磯子


■後妻 雪子 芸者<小仲>
1847-1918 弘化04-大正07 71歳没
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●前妻の子 猛太郎 次代当主
●前妻の子 早苗  財閥岩崎弥之助男爵夫人
●前妻の子 小苗  政治家大江卓夫人
●後妻の子 五十子 士族成富公三郎夫人
●後妻の子 延子  長与称吉男爵夫人
●後妻の子 六弥
●後妻の子 木末  技師若山鉉吉夫人


●早苗  財閥岩崎弥之助男爵夫人
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『明治大臣の夫人』  明治36年出版

後藤伯爵の未亡人がその昔を洗ってみれば、三本木某楼の芸妓で
容姿端麗・才気侠慧・艶名久しく教坊に冠たりとでも評したいぐらいなかなかの美人であった。
当時芸名は小仲と言って後藤伯爵が久しき間のおなじみ、
後藤伯爵のために身請けされ改めて正室となった今の伯爵夫人すなわちこれである。

後藤伯爵は豪放大胆な男であったにも似合わず地震を恐れること一通りでなく
通常人が覚られないごく些少の微震でも後藤伯爵は顔色を変えて屋外に飛び出すという始末、
いつも家人の笑いを受けるのである。
右の訳で後藤伯爵の寝室は平屋に造り建て、決して二階建ての家には休まなかった。
ある時天にわかに曇り雷鳴しきりに今にも洪雨をもよおしたので、
夫人は一室に閉じこもり線香を立てて例のクワバラクラバラをやっていると、
後藤伯爵はその部屋に入って
「何だ雷が怖って、意気地のない奴だ。そんなことで俺の妻になれるかい」と叱り飛ばした。
やがて4,5日経つとほんの小さい地震が申し訳みたように動くと、
後藤伯爵とたちまち寝巻のまま床を出て裸足で庭に逃げ出したが、
その狼狽加減さと言ったらお話しようもなかった。
後藤伯爵は足を洗い元の部屋へ帰ってきた時、
夫人はかねての仇ここぞと思って「あなた、これしきな地震は下女たりとも驚きません。
まして当代の偉人とも言われる御身が裸足で駆け出すとは何のことでしょう。
そんな弱虫で私の夫になれますか」と一本打ち込んだので、
さすがの後藤伯爵も苦笑いしながら
「俺もきっとそう来るだろうと思っていた」とは、この幕なかなかの大出来であった。


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大隈重信侯爵

後藤象二郎も自分一個の財政上から甚だしく困難した。
借金で外国人からも内国人からも訴えられるという始末で
後藤に不似合いな大規模な石炭鉱なんかに手をだしたからますます傷を大きくした。
窮迫もはや免るるに道なく放っておけば借金のために切腹でもしなければならぬ仕誼となった。
福沢諭吉は後藤と友人であったから「このまま放っておけば後藤は死ぬる。
三菱の弥之助は後藤の娘の婿である。これを救うには三菱に奮発してもらわんといかぬ」と言う。
そこでたびたび岩崎弥太郎に談判したが、三菱は後藤とも板垣とも大衝突をしていたし、
それまでの後藤らがだいぶ運動費やら何やらでせびっていたとみえて、
弥太郎一向に受け付けぬのみか大いに怒って親類づきあいもせぬと言う。
弥之助も義父の窮迫を見るにしのびずたびたび兄を説得したが弥太郎それでも承知せぬ。
そこで我輩が仲介に立つと弥太郎しぶしぶ少し出すから、
もっとうんと出せと我輩大いに力んで見せた。それでも弥太郎かれこれ言うから、
後藤の持っていた高島の鉱山を100万円で買ってやれという訳で、
これで後藤の負債を消却して整理をつけ2,30万の生活費としての余裕をも残した。
この福沢の熱心な救済策によって、
一敗地に塗れていた後藤はようやく救われて蘇生したんである。


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◆後藤猛太郎
1863-1913 文久03-大正02 50歳没

*日活の前身である『日本活動フィルム会社』を創立
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■妻 大湊惣太郎の娘 ヨイコ
1870- 明治03-


●生母不明 ナオコ 雨宮良孝夫人
●愛人の子 保弥太 次代当主
●生母不明 良輔
●生母不明 三郎
●生母不明 孝子  伊勢重夫人
●生母不明 紫郎  川添紫郎となる





◆後藤保弥太
1896- 明治29-


■前妻 花岡出来輔の娘 貞子 離婚
1902- 明治35-


■後妻 京都の名家出身でバツイチの幸子 離婚


●前妻の子 省三 次代当主





◆後藤省三
1923- 大正12-

*先代保弥太の頃から経済的に困窮し、爵位を返上する





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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

後藤象二郎は放蕩を重ねる嫡男猛太郎を勘当した。
象二郎志望の前年に勘当を解かれた猛太郎は日本活動フィルム会社を経営したりするが、
放蕩は止まず、亡くなった時には4人の愛人と28万円の借金を遺した。

次代当主保弥太はアメリカの大学を卒業後帰国、
新橋の花柳界で<後藤の若様>と呼ばれ父親に負けぬ放蕩をした。
象二郎の娘早苗が財閥岩崎弥之助男爵に嫁いでいた関係から
岩崎財閥は保弥太に25万円を援助したが、保弥太はこれを半年で使い切ってしまう。

前妻貞子は保弥太に愛想をつかして、書生と一緒になって家を出て行く。
保弥太は財産目当てで京都の名家のバツイチの幸子と再婚するが、
保弥太の浪費のために幸子はピアノを処分するなど嫁入り道具がどんどん金に消えていった。
そこで幸子もジャズバンドの外国人男性と一緒になって家を出て行く。

保弥太は一攫千金を求めてフィリピン・満州などを流転、昭和12年に死亡する。
次代当主省三は爵位を返上した。
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by oMUGIo | 2005-03-08 00:00 | 勲功華族

佐野常民伯爵家 政治家

佐野伯爵家は軍人出身ながら資産家で、大正期の資産高は60万円。
芝高輪南町と北品川に1万2000坪の宅地を有していた。
※当時の総理大臣の年給は1万2000円


◆佐野常民
1823-1902 文政05-明治35 79歳没
もと下村三郎左衛門の子
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■妻 士族山領真武の娘 駒子
1858-1902
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●実子 芳子  士族石川某夫人
●実子 源一郎 ドイツ留学中に死亡
●実子 粂千代 婿養子を迎え次代当主とする
●庶子 常羽  次代当主
●庶子 常砥  法学者
●庶子 常尾  軍人
●庶子 貞子  田村丕顕子爵夫人
●庶子 米子  有馬頼多男爵夫人


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萬朝報 明治31年07月27日

伯爵佐野常民は旧仙台藩士東海林庄五郎の長女春(50)を妾とし、
麹町区三年町の自邸に置く。


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『明治大臣の夫人』  明治36年出版

佐野伯爵が壮時はなかなかの暴れ者で毎日2升も3升も傾けたほどの大酒飲み
一家の財政もあったものではない。酒さえ飲めればその日の用が足りるという主義、
これには夫人も閉口して種々諌告をしてみたけれども、
妻の諌めたぐらいで明日から止めるわけにはゆかない。
昼の内は真面目くさって辛抱したものの夜になると例の鯨飲、
これには夫人も手の付けようがない。
この上は自ら一家の財政を引き受けて種々に心を砕かれたため、ようやく家に事無きを得た。

佐野伯爵には多くの子供はあるが、夫人の腹を痛めたのは一男二女である。
長男源一郎はドイツに留学中不幸にも亡くなってしまったのは、
いかに夫婦を失望させたのであろうか。
二女の久米千代に佐野常樹を養子としてこれに配し相続をさせる事としたが、
不幸にも久米千代は4人の愛児を遺して帰らぬ旅に赴いた。
不運にも相続人たるべき常樹は病の床に伏したが、とうとう黄泉の客となった。

嗣子は常羽と言い、常羽以下の兄弟は佐野伯爵の子には相違ないが、
駒子夫人の腹を痛めたのではなく妾腹の子である。
ところが夫人はこれらの兄弟に向かっても実子もなお及ばざるくらいの待遇、
決して妾腹の子だからといって分け隔てするような事は爪の垢ほどもなかった。


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◆佐野常樹
婿養子となる


■妻 先代の娘 粂千代


●子供4人





◆佐野常羽●子供ナシ
1871-1956 明治04-昭和31 85歳没
先代常樹の義弟

ボーイスカウト姿で
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■妻 保科正益子爵の娘 尚子
1876- 明治09-


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佐野伯爵家は海軍軍人ながら資産家で、大正時代の資産高は50万円もあった。
ところが、佐野常羽の妻尚子の浪費が家を傾ける。
尚子は保科正益子爵の娘で、母は資産家の伊達宗紀伯爵の娘、姉は財閥岩崎久弥男爵夫人、
母と姉の生活を見て尚子自身の経済感覚もマヒしてたらしく、
知らず知らずの借金は少なくとも6万5000円にのぼることが発覚した。
大正8年、佐野家は芝高輪南町と北品川に有していた1万2000坪の宅地も処分し、
那須野の別荘に隠棲するに至った。
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◆佐野常光
1906- 明治39-
もと一条実輝公爵の子 実光


■妻 竹田宮恒久王の娘 礼子女王
1913-2003 大正02-平成15 90歳没


左 竹田宮昌子妃  右 礼子女王
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左から 礼子女王 昌子妃 竹田宮恒徳王
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●常行
●常武
●常具
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by oMUGIo | 2005-03-07 00:00 | 勲功華族

東郷平八郎侯爵家 軍人

東京本邸 麹町区上六番町 (現:千代田区三番町)
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◆東郷平八郎
1848-1934 弘化04-昭和09
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■妻 海江田信義の娘テツコ
文久01-
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●彪   次代当主
●実
●八千代 園田実男爵夫人


●実
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●八千代 園田実男爵夫人
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◆東郷彪
1885-1969 明治18-昭和44

*イギリスに留学
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■妻 小原駩吉男爵の娘 百合
明治32-


●一雄
●良子
●百子 久保素信夫人




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昭和10年2月27日、東郷彪の娘良子は家出をする。
良子は3月に学習院卒業の予定であった。
東郷平八郎が国葬となって一周忌も明けないうちの事件だった。

東郷家は警察に捜索願を出すとともに、新聞の尋ね人欄で良子に呼びかけたりした。
そのうちマスコミの知るところとなり、紙面トップで報道される。
良子は偽名で住み込みのカフェーの女給をしていたのだが、
新聞を読んだ客が騒ぎ出してカフェーにいられなくなる。
観念した良子は17日ぶりに自分で自宅に戻ってくる。
断髪して派手な着物を着て帰ってきた良子に家族は驚く。
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by oMUGIo | 2005-03-06 00:00 | 勲功華族

北里柴三郎男爵家 医学者

◆北里柴三郎
1853-1931 嘉永5-昭和6 78歳没
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■妻 松尾臣善の娘 トラコ
1867-1926 慶応03-大正15 59歳没
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●俊太郎 次代当主
●善次郎 
●美代子
●スエコ
●良四郎
●トミコ
●マサコ
●文太郎
●武次郎
●貞子
●美喜


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萬朝報 明治31年07月10日

医学博士北里柴三郎が新橋の近江屋【とん子】こと小川カツ(22)を
大金にて身請けしたるは一昨年春頃のことなるが、
はじめは飯倉四辻に住まわせたれども、
その後麻布二ノ橋東町 警視丹羽五郎の旧宅を3,000円余にて購い妾宅とし、
その叔母キク・トシの両人および下女石崎ハツを住まわせ、
近頃は川添の庭園を手入れ中なり。

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◆北里俊太郎
1895-1953 58歳没


■前妻 実業家杉浦宗三郎の娘 照子 離婚
1902-


■後妻 椎野正兵衛の娘 婦美
1906-1969 63歳没





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北里柴三郎の長男俊太郎は医学界に進まず、三井物産に勤めていた。
実業家の娘照子と結婚するが、赤坂の芸者琴寿と懇意になる。
31歳の俊太郎と22歳の琴寿は思いつめ心中を決める。

大正14年6月14日、二人は中禅寺湖に身を投げる。
琴寿は死亡するが、俊太郎は生き残る。
生き残った俊太郎は同年7月に照子と離婚、ほとぼりを冷ますため9月にイギリスへ発つ。
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by oMUGIo | 2005-03-05 00:00 | 勲功華族

宇佐川一正男爵家 軍人

◆宇佐川一正
1849-1927 嘉永02-昭和02
もと士族藤村太郎右衛門の子 婿養子になる
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■妻 先代の娘 タネ
嘉永04-大正13
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●ミネ
●スミ 軍人斎藤義夫 夫人





◆宇佐川邦人
1868-1920 慶応04-大正09 52歳没
もと士族岡村順平の子 婿養子になる
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■妻 先代一正の娘 ミネ
1868- 明治01-
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●利貞
●フユ 軍人力石実雄夫人
●リカ 芳坂丙吉夫人
●チヨ 橋本精吾夫人
●秀雄
●芳雄
●正雄 次代当主
●武雄
●千代子
●富美子
●末男


男性左から 利貞 力石実雄 邦人 斎藤義夫 秀雄 
女性左から フユ チヨ スミ ミネコ夫人 リカ
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●リカ 芳坂丙吉夫人
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●チヨ 橋本精吾夫人
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(後ろの男性は絵の教師)
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●富美子
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by oMUGIo | 2005-03-04 00:00 | 勲功華族

福島安正男爵家 軍人

◆福島安正
1852-1919 嘉永05-大正08 67歳没
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■妻 士族高野貞潔の娘 貞子
1856-1921 安政03-大正10 65歳没


●正一 士族伊勢錠五郎の娘静子と結婚
●二郎
●三郎
●四郎 長沢亀之助の娘有栄尾と結婚
●五郎 伊藤五郎となる
●操子 園田孝吉男爵の子園田忠雄夫人


立つ左より 三郎 安正 正一 四郎
座る左より 正一の妻静子 操子 貞子夫人 五郎 三郎の妻八重子
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●操子 園田孝吉男爵の子園田忠雄夫人
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by oMUGIo | 2005-03-03 00:00 | 勲功華族

山尾庸三子爵家 官僚

◆山尾庸三
1837-1917 天保08-大正06 80歳没
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■妻 岩瀬良応の娘 種子
1855-1892 安政02-明治25 37歳没


●三郎  次代当主
●寿栄子 木戸孝正侯爵の後妻
●千代子 広沢金次郎伯爵の前妻・本人死別
●米子  前島弥男爵の前妻・本人死別
●鶴子  古谷久綱夫人
●亀子  広沢金次郎伯爵の後妻
●酉子  前島弥男爵の後妻・離婚
●梅子  星野友次郎夫人


赤ちゃんを抱く羽織男性が山尾庸三
立つ女性2人 左が前島酉子 右が前島米子
座る女性2人 左が広沢亀子 右が木戸孝正侯爵の娘治子
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後列女性7人 全員女中
中列大人5人左から 山尾三郎 前島弥男爵 広沢金次郎伯爵 女中 女中 
前列大人6人左から 前島酉子 前島米子 木戸寿栄子 山尾庸三 広沢千代子 広沢亀子 
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●寿栄子 木戸孝正侯爵の後妻
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●亀子 広沢金次郎伯爵の後妻
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●酉子  前島弥男爵の後妻・離婚
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●梅子 星野友次郎夫人
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◆山尾三郎
1877- 明治10-
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■妻 三条実美公爵の娘 末子 離婚・松永安衛と再婚
1888-1973 明治21-昭和48 85歳没 

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同じ構図で着物が違うだけ・・・
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●慎一
●庸亮
●澄郎


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正08年09月10日

*末子夫人は俳人松根東洋城/松根豊次郎との不倫が発覚して山尾三郎と離婚、
松根も務めていた宮内省をクビとなった。

宮内官僚石原健三との会話

石原◆山尾三郎、その妻を去りたり。妻は三条実美公爵の娘なり。
これを去りたる原因は、松根と私したりとのことなり
山尾より松根に対し「君は実に不都合なり。この上は君と絶交するより致し方なし」と言いたるに、
松根は「君より絶交せらるるも少しも頓着なし。ただしその原因は今始まりたることにあらず」
倉富◆しからば、山尾が結婚する前よりの事なりや。
石原◆しからざるべし。松根は初より山尾と懇意になるにあらず。
松根が山尾の家に出入りするようになりたるは、小原駩吉が同伴して行きたるよりの事なる由。
倉富◆山尾の妻は閑院宮妃殿下の妹なるべし。
石原◆しかり。ゆえに余程の事なき以上は離婚せざるはずなり。

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by oMUGIo | 2005-03-02 00:00 | 勲功華族

伊東祐亨伯爵家 軍人

東京本邸 芝区車町 (現:港区高輪)
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◆伊東祐亨
1843-1914 天保14-大正03 71歳没
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■妻 加藤平八の娘 ミツコ
1854- 安政01-
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●多津子 伊東一二夫人
●延子  高橋新八男爵夫人
●靖祐  次代当主


●延子 高橋新八男爵夫人
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◆伊東靖祐
1894-1971
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■妻 中村覚男爵の娘 イサオ
1904-  


●寿子
●順子
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by oMUGIo | 2005-03-01 00:00 | 勲功華族


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