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寺島宗則伯爵家 政治家

東京本邸 麹町区平河町 (現:千代田区平河町)
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◆寺島宗則
1832-1893 天保03-明治26 61歳没

フランスにて 中央
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イギリスにて 中央
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■妻 士族曽昌啓の娘 茂登子
1842-1927 天保13-昭和02 85歳没
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●誠一郎 次代当主
●多恵  外交官長崎省吾夫人
●豊次郎 九鬼隆義子爵の娘憲子と結婚


後列立つ左から 不明 多恵の夫長崎省吾 誠一郎 豊次郎 不明 
前列椅子左から 豊次郎の妻憲子 茂登子夫人 誠一郎の妻きょう 多恵
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◆寺島誠一郎
1870-1929 明治03-昭和04 59歳没

*米ペンシルベニア大学・仏パリ法科大学に留学
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■妻 財閥三井高辰の娘 きょう
1880-1931 明治13-昭和06 51歳没 
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●宗従 次代当主
●恭子 財閥安田岩次郎夫人
●姿子 財閥三井高大夫人


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◆寺島宗従
1910- 明治43-

*米プリンストン大学に留学


■妻 細川護立侯爵の娘 雅子
1916- 大正05-


●宗久 大磯有規男の娘有利子と結婚
●幸子 徳川恒孝夫人
●文子 金子義明夫人


左から 金子義明&文子夫妻 徳川恒孝&幸子夫妻 宗久&有利子夫妻  
手前 宗従&雅子夫妻
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雅子夫人 細川護立侯爵令嬢

宮様から少し結婚話があったのですが、私がどうしても宮様は嫌でしてお断りしていたのです。
何となく窮屈そうで嫌でした。
宮家の方は公爵・侯爵の方から順番にお選びになりますから私どもに話があるのですね。
お嫁に行っていろいろお食事を作ったりお世話したりするなんて面倒臭いと思っていました。
父が「両親も早く亡くなっているし、お前にも務まるだろう」と言って探してくれました(笑)
主人はたった一人で家にいたのです。
お姉様は安田財閥の安田岩次郎さん、妹は三井財閥の三井高大さんとそれぞれ結婚して、
お金の心配はありません。
ですから私はお姑様に務めた事はないのです。初めから気楽でした。

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by oMUGIo | 2005-04-20 00:00 | 勲功華族

小沢武雄男爵家 軍人

◆小沢武雄
1844-1926 天保15-大正15
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■妻 川村綱賀の娘 桑子
嘉永06-大正14
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●定雄 次代当主
●綾子
●房子 杉田通三夫人


●綾子
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◆小沢定雄 
明治16-
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■妻 市川文蔵の娘 交次
明治25-


●春雄
●秀雄
●正雄
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by oMUGIo | 2005-04-19 00:00 | 勲功華族

福岡孝弟子爵家 政治家

◆福岡孝弟
1835-1919 天保06-大正08 84歳没
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■妻 下村庄左衛門の娘 敏子
1835-1902 天保06-明治35 67歳没


●秀猪 次代当主
●秀熊





◆福岡秀猪
1871-1932 明治04-昭和06 61歳没

*アメリカ・ヨーロッパに留学
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■妻 相良頼紹子爵の娘 貞子
1877- 明治10-
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●斐子 永田鉄夫夫人
●能子 瓜生正夫人
●孝紹
●紅子 実吉安純子爵の子実吉金郎夫人
●文子
●孝儔


●斐子 永田鉄夫夫人
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●能子 瓜生正夫人
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●紅子 実吉安純子爵の子実吉金郎夫人
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by oMUGIo | 2005-04-18 00:00 | 勲功華族

外松亀太郎男爵家 軍人

◆外松亀太郎
1875- 明治08-


■前妻 大山ナオの娘 タマ 離婚
1877- 明治10-


■後妻 三好太郎子爵の娘 琴子
1890- 明治23-
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●良一  俳優
●百合子 女優
●昭二  次代当主 


★俳優 竹内良一
1903-1959 明治36-昭和34 55歳没
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*女優岡田嘉子と駈け落ちののち、結婚離婚

<駆け落ち先で発見された二人>ということなんですが、
かなりのヤラセ写真。二人とも化粧もバッチリだし。
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★百合子
1908-1995 明治41-平成07 87歳没
女優白瀬喬子のちに竹内京子と改名





◆外松昭二
1927- 昭和02-
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by oMUGIo | 2005-04-17 00:00 | 勲功華族

井上馨侯爵家 政治家

麻布区鳥居坂本邸 旧本邸

麻布内田山本邸 新本邸
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麻布区龍土町別邸

横浜野毛別邸

鎌倉稲村ヶ崎別邸

神奈川県富岡別荘

群馬県磯部別荘

静岡県興津別荘 磯部別荘と鳥居坂本邸の一部を移築

*井上宅はほとんど井上馨自身の設計による




◆井上光亨


■妻 フサコ


●光遠→子勝之助は井上馨侯爵家を相続する・子博邦は伊藤博文公爵家を相続する
●常子 小沢正路夫人→娘末子は次代当主勝之助の妻
●馨




◆井上馨
1836-1915 天保06-大正04 79歳没

*長年三井財閥と癒着したため<三井の番頭>と呼ばれた。
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■前妻 志道慎平の娘の婿養子になるが離婚


■後妻 士族新田満次郎の娘 武子 中井弘夫人だった武子を井上馨が略奪して結婚
1850-1920 嘉永03-大正09 70歳没


*井上は、武子の実家を新田義貞の後裔と称して男爵を与え顰蹙を買う。
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●庶子 千代子 婿養子を迎え次々代当主とする


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大隈重信侯爵

中井弘の珍談奇談の中でこの梁山泊中に起こった奇談で
また美談とも珍談とも言うべきものが一つある。
中井はああいう男だから風流韻事も盛んにやった。女房も方々へ持っていた。
その頃なんの気まぐれか新田義貞か誰かの子孫だという
新田満次郎という旗本の娘さんを妻に貰ってあまり間のない時であった。
名門のお嬢さんというのでちょっと奇癖を出して物好きに貰ってみたんであろうが、
当人は相変わらずの飄々乎たりである。中井は薩摩出身で国に呼び戻された。
この時ばかりはさすがの桜洲山人も観念したと見える。
細君にはきれいに離縁状を渡して我輩の妻に頼んで、
「良いところがあったら縁づけてくれ。今度は生きて帰れぬから」と預けて行った。
その頃井上馨が変な女と同棲していたが、
それが豪傑連中にひどく不人望でとうとうみんなで追い出すかどうかしてしまった。
井上という男はなかなか素早い男でいつの間にか我輩の預かり物と相思の仲という始末だ
さあ梁山泊内鼎の沸くがごとき騒ぎである。「井上は実にけしからぬ、不埒な男だ」と憤慨する者と
「まあ、そんなことは放っておけ、どちらも人間だから」という者と硬軟両派に分れた訳である。
この時は我輩もその裁きに大いに閉口したんである。
井上に「みんながやかましく言うがそうか」と聞くと「うむ、そうだ」と言う。
妻からお嬢さんにも訊かせると「井上さんは大好き」と言う。実におめでたい始末である。
そんならと粋な裁きで「お嬢さんと井上を夫婦にしたら」ということになり、
我輩のところで両人正式の対面ということになった。ところがいよいよ対面というところで、
どうしたことかもうとっくに腹でも切って死んだはずの中井がヒョックリ生きて帰ってきた。
しかも偶然にこの席へ帰って来たんだから驚かざるをえない。
玄関で中井にぶつかって鉢合わせした山縣のこの時の慌て方ったらなかった。
中井を一室のうちに山縣が押し込めてしまって女を隠すやら何やらで大騒ぎ。
妻などもだいぶ色を失った。とうとう伊藤が情を明かして中井を説伏しようとしたが、
中井は恬淡な男で奇人である。
「ああそうか。どうかよろしく頼む」と言うた切りであった。あっさりしたものだ。
一方話は進んでいよいよ我輩の妻の妹分として井上と正式に結婚するという段取りになった。
井上がだいぶいたずら者であったからタダではいかぬというので、
修身偕老同穴の契りを結びますという証文を我輩の妻に取られて、
これに伊藤と山縣とが証人になったんである。
井上はだいぶ道楽もした男であるが、この細君はなかなかに重んじて大切にした。
つい昨年頃まで生きておられた井上夫人がこれである。


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萬朝報 明治31年07月12日

侯爵井上馨は麻布龍土町に小林ロク(40)という妾を畜う。
ロクは船頭小林重兵衛の娘にて明治10年頃新橋の芸妓となり【おとり】と名乗りたるが、
そのころ井上は非常の執心にて
ほとんど毎日のごとく【おとり】のもとに至りて酒を飲むを楽しみとせり。

しかるに公用にて地方に出張することとなりしばらく【おとり】の顔をみることあたわず、
都の空懐かしく思いいたる矢先まさに新橋に赴かんとして玄関立ち井でたるに、
異様の進物到来して侯爵を驚喜せしめたり。
その贈り手は大阪府知事沖守固にして、進物はすなわち【おとり】にてありしなり。

沖はかねてより侯爵が【おとり】に大執心なるを知るため、
侯爵の留守中に大金を投じて【おとり】を身請けし置き進物となして御機嫌を取りたる次第なるが、
その効き目はむなしからずして爾来 沖は侯爵の恩願を受けたること一通りにあらず。

また侯爵は近ごろ新橋南金六町中谷【小えつ】こと加藤ナミを愛し、
烏守【おいよ】の玉代にも鼻毛を読ませ、このほど玉代を連れて鎌倉に出かけたりという。


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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

大阪富田屋に【お雄】という芸妓がいた。
これに目をつけたのが富田屋にとって一の客である岩崎弥太郎男爵であった。
まだ年の若いお雄として、金のために自由にされるということは好まなかった。
なかなかおいそれと色よい返事をしない。
金さえ積めばどんなことでも思うままになると思い込んでいる大尽は、
金は山ほど積むとか、言うことを聞けば何でも望む物は買ってやるとか、
そんな言葉が幾度となく繰り返された。
すると当人のお雄は相手の言葉をみなまで聞かず、
すいと立ち上がって気分が悪いからと言ってその場から出てしまった。
ちょうど冬のことで岩崎大尽はコタツに入って飲んでいた。
お雄の艶な姿が見えなくなると布団の上に顔を押し付け太い息を吐いていたが、
やがて布団をメリメリと引き裂き、綿をちぎって左右へ投げ始めた。
顔を見ると目には涙さえ浮かべているといった有様で、
天下の弥太郎も一婦人のために滅茶滅茶の姿となった。
この狂態を見せつけられては富田屋の夫婦も黙って見ていられなかった。
とうとう嫌がるお雄を口説き落として岩崎男爵の意に従わせることとなった。
それから後の岩崎男爵は足一歩も富田屋の敷居から出ずお雄を引きつけ切りであったが、
東京へ行かねばならぬ用件ができたのでしばらくお雄と遠ざかることになった。

岩崎男爵が上京の留守中に井上馨侯爵が富田屋に遊んで、
一目お雄の姿を見ると今まで馴染んでいた女を振り捨て
一本やりにお雄を目指して手に入れようと焦り出した。
お雄にはすでに岩崎大尽という日本一の旦那のあることは承知している。
だが井上侯爵とて富田屋にとっては岩崎男爵にもまして大切なお客様である。
井上侯爵を押し付けられてみると、井上侯爵の女道楽は相当の修養を積んでいるから
女の嬉しがりそうなことを言ってちょいちょい優しいところを見せる。
男慣れしていないお雄が日増しに井上侯爵に引きつけられて行くのは無理もないことで、
もし二人の仲が岩崎男爵に知れても決して見捨てて下さるなと
自分の方から真心を見せて頼むほどになった。

意外なところから井上という色敵が飛び出してこっそりお雄の手を握った秘密は
神ならぬ身の知る由もなかったが、場所が口さがなき遊郭のことではあり
関係する人々がいずれも当世第一の人物であったから、誰言うことなく噂は噂を生んで
井上侯爵とお雄とが描いた秘密がとうとう岩崎男爵の耳に入ってしまった
ある晩富田屋の大広間で長州人と土州人との懇親会が開かれた。
井上侯爵も岩崎男爵もむろんこの席に列なった。
集まった者はいずれも維新前後の危ない巷を出入りした粒よりの勇者で、
維新当時の立ち働きや自分達の功名談に花を咲かせ、
痛快を叫びつつ献酬に忙しく盃の巡りも存外に早かった。
岩崎男爵は急に席を立ちお雄の手を取って井上侯爵の前へやって来た。
立ったまま井上侯爵を見下ろしながら肴を遣わすと言うなりお雄を井上侯爵の前へ突き倒し、
「乞食武士には腐った肴が分相応だ、よく匂いを嗅いで賞玩しろ」と怒鳴りつけたから、
井上侯爵も黙ってはいられない行き掛りになった。
それでもその場は仲裁する者が出てどうにか無事に納まったが、
お雄には岩崎男爵から暇が出た。

こうなるとお雄としては意地からでも井上侯爵に捨てられてはならぬ。
そこで井上侯爵に念を押したところ、
「わしも長州の井上だ、お前の他には女を相手にしない」とキッパリした返事であった。
そんな約束がいつまで守れるはずがない。
月日が経つに従って浮気の心も起りお雄の顔も見飽いてきた。
その後天王寺家の房鶴という芸妓を相手にお雄に内密でちょいちょい会っていたが、
いつのまにかそれがお雄の耳に入ったからただで済むはずはなかった。
井上侯爵が房鶴を相手にふざけている現場へ乗り込んで行って、
「岩崎さんがお前さんを乞食武士だと言ったが、本当に乞食武士に違いない。
それに女の乞食もいて二人でさかっていやがる」と恐ろしい啖呵を切って、
井上侯爵の顔を痰を吐きかけてそれきり絶交してしまった。

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◆井上勝之助
1861-1929 文久01-昭和04
先代馨の甥/もと井上光遠の子
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■妻 小沢正路の娘 末子 先代馨の姪 イトコ結婚
1864- 元治01-

ドイツにて
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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

当時の外交官夫人中主人の名を成さしめる上に力のあった者は
内田康哉伯爵夫人・本野一郎子爵夫人・加藤高明伯爵夫人の三夫人で
いずれもその能力は主人を凌いでいたが、
井上夫人もまた十二分にその能力を発揮したため主人の勝之助氏は巾幗公使とさえ言われた。
そのうえ末子夫人は大のヒステリー患者で権力も強大であったから
若い頃の勝之助氏はこれを乗りこなすのに非常に骨が折れたということである。


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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正09年05月24日

倉富&宮内官僚酒巻芳男の会話

倉富◆井上勝之助の病状を問う。
酒巻◆肺炎は既に良く、肛門の方も大概よろしき由なり。
倉富◆肛門と感冒とは別事なるべし
酒巻◆肛門もやはり感冒より来りたるものにて、感冒よりその症を起こすこと多き由なり。


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◆井上三郎
1887-1959 明治20-昭和34
もと桂太郎公爵の子 婿養子になる


■妻 先々代馨の娘 千代子
1899- 明治32-


左から 千代子の夫三郎 勝之助の妻末子 千代子 勝之助
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●光貞 次代当主
●元勝
●元広
●武子





◆井上光貞
1918- 大正06-


■妻 二荒芳徳伯爵の娘 明子
1923-


●光順
●君子
●雅子
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by oMUGIo | 2005-04-16 00:00 | 勲功華族

野津道貫侯爵家 軍人

東京本邸 赤坂区新坂町 (現:港区赤坂)
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◆野津道貫
1841-1908 天保12-明治41
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■妻 高島喜兵衛の娘 登女子
嘉永04-大正08


●槙子  上原勇作子爵夫人
●栄子  林民雄夫人
●鎮之助 次代当主
●輝子  池田龍一夫人
●鎮雄  
●鎮彦   野村百合と離婚・鹿野清次郎の娘カツヨと再婚
●美屋子 三浦恵一夫人 


●槙子 上原勇作子爵夫人
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◆野津鎮之助
明治16-
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■妻 小倉市長末弘直方の娘 ヒロ子
1893-1963 明治26-昭和38

*明治40年に行われた日本初の美人コンテストの優勝者
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●美智子
●高光
●真佐子 倉敷絹織社長大原総一郎夫人
●佐恵子
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by oMUGIo | 2005-04-15 00:00 | 勲功華族

加藤高明伯爵家 政治家

東京本邸 麹町区下二番町 (現:千代田区二番町)
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◆加藤高明 総理大臣
1860-1926 安政07-大正15


■妻 財閥岩崎弥太郎男爵の娘 春路
元治01-
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●悦子  岡部長景子爵夫人
●厚太郎 官僚上野季三郎の娘


左から 悦子 高明 春路夫人
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◆加藤厚太郎
明治28-


■妻 官僚上野季三郎の娘 富美
明治34-


左 富美   右 加藤高明伯爵の娘悦子/岡部長景子爵夫人
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●昇一郎
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by oMUGIo | 2005-04-14 00:00 | 勲功華族

勝海舟伯爵家 政治家

◆勝海舟
1823-1899 文政06-明治32 75歳没


■妻 芸者 民子
1821-1905 文政04-明治38 84歳没


●実子 夢子
●実子 孝子
●実子 小鹿→娘伊代子は次代当主の妻
●実子 四郎
●庶子 梶梅太郎 アメリカ人女性クララ・ホイットニーと結婚離婚
●庶子 逸子 目賀田種太郎男爵夫人
●庶子 義徴
●庶子 妙子


●逸子 目賀田種太郎男爵夫人
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萬朝報 明治31年08月19日

伯爵勝海舟は古くよりイト(59)なる妾を畜えしが、
家再興のためイトをその生家に復籍せしめ増田姓を名乗らせることとし、
今なお旧のごとく自邸に養い置く。


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クララ・ホイットニー 
1860-1936 万延01-昭和11 76歳没 

明治8年、15歳のクララは宣教師の父・母・兄・妹とともに来日する。
明治19年、26歳の時に4歳年下の梅太郎と出来ちゃった結婚。
その後1男5女に恵まれたが、
勝海舟の死により援助を失った梅太郎一家は生活に困窮するようになった。
明治33年、クララは14年の結婚生活にピリオドを打ち、
6人の子供を連れてアメリカに帰国する。

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◆勝精
1888-1932 明治21-昭和07 44歳没
もと将軍徳川慶喜の子 婿養子となる

*妾と心中して死亡
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■妻 先代海舟の姪 伊代子
1888-1922 明治21-大正11 34歳没
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●道子 朽木綱博子爵夫人
●善子 士族筧元貞夫人
●静子 石野基恒子爵夫人
●中子 戸田忠庸子爵の子戸田忠和の1/3番目の妻
●芳孝 次代当主
●当子 財閥藤田光一男爵夫人


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慶喜の息子たちはみな慶喜に似て趣味人で、趣味の範囲が広い。
しかし、慶喜と同じく趣味であろうと女であろうと、対象に凝りすぎ没頭しすぎる傾向があった。

勝海舟の養子となった精も趣味人で、狩猟・投網・ビリヤードなど玄人はだしだったと言われる。
自動ドアの発明などさまざまな発明にも凝った。
また大酒飲みで、毎日ウイスキーを2,3本空けた。

精は妻と死別したのち水野マサを妾として、広尾に家賃57円の邸宅を借りてやる。
マサは正妻となることを望んでいたが無理なことと、
病気がちであったことで人生を悲観し始める。

昭和7年7月10日、二人はカルモチンを飲んで心中する。
勝家は脳溢血と発表して葬式を済ませたが、
マスコミが心中であることをつかみスキャンダルとなる。
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◆勝芳孝
1915-


■妻 坂本英一の娘 和子
1925-


●芳邦
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by oMUGIo | 2005-04-13 00:00 | 勲功華族

尾崎三良男爵家 外交官

◆尾崎三良
1842-1918 天保13-大正07

*イギリスに留学

ロシアにて
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■前妻 イギリス人 バサイア・キャサリン・モリソン 離婚
1843-


■後妻 仏職藤山沢証の娘 八重
1855-1943 安政02-
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★妾 士族藤木行顕の娘 道枝 


●前妻の子 英子/テオドラ 政治家尾崎行雄夫人
●前妻の子 政子 アルフレッド・ジェームス・ヒューイット夫人
●前妻の子 君子 ヘンリック・オークテルロニー夫人
●道枝の子 洵盛 次代当主 
●道枝の子 盛貞 戸田盛貞となる
●道枝の子 昌盛 
●後妻の子 寿子 官僚小野義一夫人
●道枝の子 賀子 倉橋泰昌子爵夫人
●道枝の子 望盛 高田望盛となる 伴田六之助の娘孝子と結婚
●道枝の子 朝子 銀行家斎藤福之助夫人
●道枝の子 繁盛
●道枝の子 雄盛
●道枝の子 元子 官僚物部長穂夫人


●英子/テオドラ 政治家尾崎行雄夫人
 

●盛貞 戸田盛貞となる
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●昌盛 
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●望盛 高田望盛となる 伴田六之助の娘孝子と結婚
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●賀子 倉橋泰昌子爵夫人
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●寿子 官僚小野義一夫人
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●朝子 銀行家斎藤福之助
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●繁盛
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●雄盛
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●元子 官僚物部長穂夫人
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萬朝報 明治31年08月03日

男爵尾崎三良は先妻英国人バサイアを離別し、
今は本行寺住職藤山沢証の娘を妻としながら、
自邸に同居せる戸田玉井の養女ミチ(40)を妾とす。


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尾崎はイギリスに留学中、教師のウイリアム・モリソン宅に下宿していた。
その一人娘バサイアと結婚し3人の娘をもうけるが、妻子を残して帰国した。
尾崎はかねてから養母戸田玉井が嫁に決めていた玉井の妹八重と結婚する。
さらに八重に何年も子供ができなかったことから、
士族藤木行顕の娘道枝を妾にして妻妾同居となった。
ところが尾崎が妻子を置いて帰国し日本で結婚したことに対して、
旧主人である三条実美や外務大臣井上馨から厳しく叱責された。
窮した尾崎は八重と形式上離婚し、バサイアとの結婚の公許を得てロシア公使として出発した。
バサイアをペテルスブルグに呼び寄せ話し合いをしたが、
尾崎はバサイアを本妻として日本に連れて帰って八重・道枝と3人で同居するつもりであったから、
バサイアはこれを拒絶、ロンドンで父モリソンの立ち合いのもと離婚協議となり、
未払いの養育費と手切金550ポンドを渡して別れることになった。
結局帰国した尾崎は再び八重を妻とし道枝を妾として妻妾同居で暮らした。

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◆尾崎洵盛
明治13-
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■妻 出雲大社千家尊福男爵の娘 多嘉子
明治23-
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●華子
●龍子
●春盛
●京子
●玉子
●百合子
●福盛
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by oMUGIo | 2005-04-12 00:00 | 勲功華族

青木周蔵子爵家 外交官

東京本邸 麹町区上二番町 (現:千代田区一番町)
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◆青木周蔵
1844-1914 天保15-大正03 69歳没
もと三浦玄明の子
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■前妻 テル 青木周弼の娘と結婚して、周弼の弟青木研藏の養子となり、青木周蔵と改名する
ドイツに留学中エリーザベトと恋愛関係となったため妻とは離婚


■後妻 ドイツ貴族エリーザベト・フォン・ラーデ・フンケンハーゲン
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●ハナ ドイツ貴族アレクサンダー・グラフ・フォン・ハッツフェルト・トラヘンベルク伯爵と結婚
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青木周蔵は前妻テルと結婚後、ドイツに留学する。
そこで後妻エリーザベトと恋愛関係になり、
テルと別れてエリーザベトと一緒になるつもりで日本へ連れて来る。

しかし親族会議で大反対される。
そこで周蔵はテルには自分が新しい結婚相手を見つけた上、結納金を払うことで離婚を認められる。
親族会議では他に、エリーザベトとの間に生まれたハナに家を継がせないこと、
後継ぎは青木家親族の中から男子を養子にすることなどが決められた。

ちなみにテルの再婚はなかなかうまくいかず、
周蔵は3回結婚を世話して3回結納金を支払っている。
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◆青木梅三郎
1873- 明治06-
もと杉孫七郎子爵の子

*ドイツに留学


■妻 軍人福原信蔵の娘 フミ
1885- 明治18-


●重夫  次代当主
●田鶴子 軍人吉岡範武夫人
●多嘉子 伊藤謹一郎夫人
●寿美子
●周夫





◆青木重夫
1904- 明治37-


■妻 荒木和一の娘 和子
1911- 明治44-
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by oMUGIo | 2005-04-11 00:00 | 勲功華族


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