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田健治郎男爵家 政治家

東京本邸 麻布区本村町 (現:港区 元麻布または南麻布)
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◆田健治郎
1855-1930
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■前妻 佐野光子
1861-1888


■後妻 士族重野安居の娘 ヤスコ
1871-1935
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●前妻の子 篤
●後妻の子 誠  本尾栄子と結婚
●後妻の子 芳子 軍人武田額三夫人
●後妻の子 輝子 安場保健男爵夫人
●後妻の子 正
●後妻の子 勤
●後妻の子 雅子 町田襄治夫人
●後妻の子 勲
●後妻の子 季子 野村正二郎夫人


●芳子 軍人武田額三夫人
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●輝子 安場保健男爵夫人
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●雅子 町田襄治夫人
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●季子 野村正二郎夫人
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◆田篤
1884-1959


■妻 奥田象三の娘 美枝
1891-1933
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●喜多子 林協夫人
●健一
●襄二  宮地襄二となる
●敬三
●佐喜子 武田照淳夫人
●喜代子 本田保次夫人





◆田健一
1914-


■妻 本田丑松の娘 幸子
1928-


●光子
●芳郎
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by oMUGIo | 2005-04-10 00:00 | 勲功華族

大隈重信侯爵家 政治家

東京本邸 豊多摩郡戸塚町 (現:新宿区西早稲田)


東京本邸 庭園
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◆大隈重信 総理大臣
1838-1922 天保09-大正11 83歳没
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■前妻 江副美登 離婚


■後妻 旗本三枝七四郎の娘 綾子
1850-1923 嘉永03-大正12 73歳没

*<大風呂敷>と言われた大隈も綾子夫人には頭が上がらず、「うちの番頭」と呼んでいた。
大隈が大学構内に綾子夫人の銅像を建てようとして、学生の猛反対にあう。
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●前妻の子 熊子 盛岡藩主南部利剛の子 英麿を婿養子に迎えるが離婚

*英麿は旧藩士にだまされ多額の借金を作ってしまい、離婚に至る。





◆大隈信常
1871-1947 明治04-昭和22 75歳没
もと松浦詮伯爵の子 婿養子になる

*英ケンブリッジ大学に留学
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■妻 先代重信の姪/三枝守富の娘 光子
1884- 明治17-
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●信幸 次代当主
●豊子 広沢真吾伯爵夫人


左から 熊子 豊子 信常の妻光子 重信 重信の妻綾子 信幸
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◆大隈信幸
1910-2004 明治43-平成16 93歳没


■妻 政治家久原房之助の娘 馨子
1916- 大正05-


●和子
●治子
●明子
●里砂
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by oMUGIo | 2005-04-09 00:00 | 勲功華族

井上良馨子爵家 軍人

◆井上良馨
1845-1929 弘化02-昭和04 84歳没





◆井上虎





◆井上良正





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井上良馨は爵位は一代限りという信念を持っており、
亡くなる前に枕元に軍人仲間を集め、その旨を遺言書にした。
親族一同もこれに同意した。

ところが息子虎は父の遺言に背いて、宮内省に襲爵願いを届け出て認められる。
子爵となった虎はカフェーの女給永井孝子と懇意となり、家庭をかえりみなくなる。
虎は孝子に吉祥寺に洋館を建ててやるなどして借金を重ね、
麻布の本邸や葉山の別邸などが競売にかけられ一家は離散する。

昭和08年、金に困った虎は明治天皇下賜の元帥刀・鳩杖などを売り払う。
これが世間の知るところとなりスキャンダルとなる。
井上家は虎を隠居させ、妻と離婚させ、息子良正を当主とする方針を立てる。

虎は離婚後の愛人との生活のために兵庫県に新居を構える。
当主となった良正は襲爵手続きを取らないという形で爵位を返上する。
離婚後虎は再婚するが、その相手は孝子とは別の愛人であった。
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by oMUGIo | 2005-04-08 00:00 | 勲功華族

西寛二郎子爵家 軍人

東京本邸 麻布区三河台町 (現:港区六本木)
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◆西寛二郎
1846-1912 弘化03-明治45


■妻 川内伊三郎の娘 ミキコ
安政05-


●愛子 軍人佐治喜一夫人
●鯱男 次代当主
●広子 資産家小島長一夫人
●春子 資産家若尾謹之助夫人
●鎮男 次々代当主
●時雄 養子へ
●精一 川上精一となる
●勝男 次々々代当主


左から 広子 春子 愛子  
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立つ左から 愛子の夫佐治喜一郎 時雄 鎮男 精一 勝男
椅子左から 春子 広子 愛子 ミキコ夫人 鯱男
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◆西鯱男
明治17-昭和11
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■妻 鈴木文子





◆西鎮男
明治22-昭和16
先代の弟

*イギリスに留学


■妻 





◆西勝男
明治27-昭和39
先代の弟


■妻 島原松平忠威の娘 智雅子
明治35-


●喜久子





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※当時の総理大臣の年給は1万2000円

西寛二郎の長男鯱男は結婚後、芸者遊びに溺れる。
資産はすべてつぎ込み、軍刀まで質に入れる。
これが軍の知るところとなり、陸軍を休職処分となる。

寛二郎は鯱男を勘当するが、寛二郎死亡後、母ミキコが勘当を解く。
陸軍にも復帰するが、すぐに芸者遊びを始める。
軍は今度無期休職処分にし、鯱男は家を飛び出し行方不明となる。

西家は三男鎮男を跡取りとするが、鯱男に負けず劣らずの放蕩で8万円の借金を作る。
屋敷は競売にかけられ、一家は離散する。

次に跡取りになったのは末息子の勝男。
勝男は真面目に陸軍に勤め、後に陸軍大佐となる。
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by oMUGIo | 2005-04-07 00:00 | 勲功華族

川村純義伯爵家 軍人

東京本邸 赤坂区新坂町 (現:港区赤坂)
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◆川村純義
1836-1904 天保04-明治37
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■妻 士族椎原与右衛門の娘 春子 西郷隆盛&西郷従道のイトコ
1845-1930


●鉄太郎
●純藏  大寺純藏男爵となる
●常子 樺山愛輔伯爵夫人→娘は白洲正子
●花子 柳原義光伯爵の後妻


●常子 樺山愛輔伯爵夫人→娘は白洲正子
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●花子 柳原義光伯爵の後妻
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◆川村鉄太郎
明治02-
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■妻 大久保春野男爵の娘 安子 
明治13-
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●艶子  外交官坂本瑞男夫人 
●文子  三井生雄夫人
●武子  西竹一男爵夫人
●純之助 大久保光野男爵となる
●妙子
●法子
●須美子
●雅彦
●恵美子
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by oMUGIo | 2005-04-06 00:00 | 勲功華族

吉井友実伯爵家 政治家

◆吉井友実
1828-1891 文政11-明治24 63歳没
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■妻


●幸蔵 次代当主
●友武 高島鞆之助子爵の娘多嘉の婿養子になり高島友武子爵となる
●沢子 大山巌公爵の前妻・本人死別


●友武 高島鞆之助子爵の娘多嘉の婿養子になり高島友武子爵となる
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◆吉井幸蔵
1856-1927 安政02-昭和02 71歳没

*アメリカ・イギリス・ドイツに留学


■妻 士族猪飼央の娘 静子


●勇   次代当主
●花子  長田馨夫人
●勝雅  高島勝雅子爵となる
●武蔵
●千代田
●友海
●百合
●桂子  竹迫常栄夫人





◆吉井勇 歌人
1886-1960 明治19-昭和35 74歳没
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■前妻 柳原義光伯爵の娘 徳子 柳原白蓮の姪 離婚
1900-1975 明治33-昭和50 75歳没

*勇と徳子は恋愛結婚。華族同士だが徳子の実家はこの結婚に大反対であった。
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■後妻 芸者の子 国松孝子


●前妻の子 滋





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吉井勇の前妻徳子は「ダンスホール事件」と呼ばれるスキャンダルを起こす。
昭和08年(1933)ダンスホール<フロリダ>の男性ダンス教師が
多くの有閑マダムとの姦通罪で逮捕された。
ダンス教師は女性客を斡旋していたのは
柳原義光伯爵の娘で吉井勇伯爵夫人の徳子であると自供した。

歌人でもある吉井勇は若い頃からかなりの放蕩児であった。
結婚しても息子が生まれても生活を改めることがなかったため、
当てつけのように徳子も不倫に走ることになる。

斎藤茂吉の妻輝子、近藤廉平男爵の子近藤廉治&樺山愛輔伯爵の娘泰子夫妻など、
徳子の遊び仲間が一斉に検挙された。
そこで徳子は近藤廉治と不倫、妻の泰子もダンス教師と不倫、というダブル不倫も発覚した。

宮内省は世間を騒がせた「不良華族」に厳しい態度で臨み、
近藤廉治&泰子夫妻は華族から除籍されて平民に降下された。
徳子は吉井勇と離婚、吉井は芸者の娘孝子と再婚し京都に住まった。
輝子は斉藤茂吉と長期に渡って別居することになった。
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徳子のイトコ/柳原白蓮&宮崎龍介の娘 宮崎蕗苳

母の兄柳原義光の娘さんのうち、徳子さんとは特に親しくしていました。
徳子さんは大正10年、歌人の吉井勇と結婚しました。
当時柳原家は「若い文士との所帯では食べていけない」と、この結婚には大反対でした。

徳子さんは白洲正子さんのお姉さんや斉藤茂吉の奥さん、当時の著名な文士、
菊池寛や久米正雄・里見弴・川口松太郎といった方々とも親しく交流していました。
モボ・モガといった言葉もありましたが、徳子さんはまさに時代の先端を行くモガという感じでした。
顔立ちは母にも似ていました。
字も絵も上手でしたし、佐賀錦織の特技があり広く教えていました。

徳子さんは昭和08年離婚して柳原家に戻りますが、
家に半ば閉じ込められ自由に歩けないほどでした。
四面楚歌の柳原家にあって、唯一の味方であった母と頻繁に手紙のやり取りをします。
ある日突然よほど慌てていたのでしょう、
下駄の左右違ったものを履いたままタクシーに飛び乗って宮崎家へやってきました。
祖母の鎚子〔白蓮の姑/宮崎滔天の妻〕はとかくの事情を問うことなく、
「よく来たね」と快く迎えました。しばらく私の家に一緒にいました。

母のことを姉さんという意味でしょうか「あんこ」と呼び、
自分のことを「俺様」とわざと乱暴に男言葉を話します。
母はそれをユーモアと受け止めてか特にたしなめることもなく、
「あなたの好きなようにしたらいいわ」ととてもおおらかでした。
我が家ではよく百人一首をしました。
「この札だけは誰にも渡せない」と、徳子さんは茶目っ気たっぷりにいつも狙っていましたね。
そんな気取らないところも魅力の一端でした。

私の母と同じく、自分で台所仕事や掃除ができる人ではありませんでした。
高田馬場に部屋を借りていましたが、朝になると毎日のように宮崎の家に来ていました。
一緒にいるだけで楽しい、明るく活発な女性でしたね。
晩年入院した折も、「家に連れて帰ってよ」と私たち家族を慕って寂しがっていました。
自由な人生をまっとうしたと思います。



左 白蓮   右 徳子
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by oMUGIo | 2005-04-05 00:00 | 勲功華族

佐藤進男爵家 医学者

◆佐藤尚中
1827-1882 文政10-明治15

*順天堂医院初代院長 (現:順天堂大学病院)
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■妻 高橋忠三郎の娘 サダコ


●志津  婿養子を迎え次代当主とする
●百太郎 アメリカの実業家
●藤子  三宅秀夫人
●哲次郎 薬商9代目大野伝兵衛となる
●楽子  井上寅三と結婚し佐藤佐を名乗らせる
●衛   城衛となる
●梅尾  外科医松下信久と結婚し佐藤恒久を名乗らせる
●幸子  今泉嘉一郎夫人
●福待  写真家
●潤家  大滝潤家となる





◆佐藤進 
1845-1921 弘化02-昭和10 76歳没
もと高和清兵衛の子 高和東之助 婿養子になり佐藤進と改名する

*ドイツに留学
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■妻 先代尚中の娘 志津 
1851-1919 嘉永04-大正08 68歳没
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●昇 → 娘八千代は次々代当主夫人
●養子 達次郎 もと河合貞輔の子 外科医 大野操子と結婚





◆佐藤達次郎
1868-1959 明治01-昭和34


■妻 大野伝兵衛の娘 操子
明治11-


●健  医師 軍人財部彪の娘豊子と結婚
●貞子 中村夫人・加藤成之男爵の後妻 香淳皇后の御学友
●寛子 順天堂次代院長有山登夫人
●篤  医師
●美子 法学者江川英文夫人
●譲  姉婿加藤成之男爵の娘秋子の婿養子になり加藤譲となる

左から 操子夫人 貞子 達次郎
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●貞子 中村夫人・加藤成之男爵の後妻 香淳皇后の御学友
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◆佐藤忠雄
明治35-
もと黒田善治男爵の子


■妻 先々代佐藤進の孫 八千代
明治41-
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by oMUGIo | 2005-04-04 00:00 | 勲功華族

渡辺千秋伯爵家 政治家

東京本邸 芝区高輪南 (現:港区高輪)
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◆渡辺千秋
1843-1921 天保14-大正10
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■妻 士族伊東トシコ
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●千春 次代当主
●千冬 渡辺千冬子爵となる 官僚本尾敬三郎の娘芳子と結婚
●千夏 銀行家塩川三四郎夫人 





◆渡辺千春 銀行家
1872-1918

*ドイツに留学
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■妻 大山巌公爵の娘 留子
明治15-
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●昭  小畑大太郎男爵の娘春子と結婚
●光
●英子 平賀毅夫人
●幸子 言語学者新村出の子新村秀一夫人
●愛子 井上清一夫人
●正


●英子 平賀毅夫人
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◆渡辺昭
1901-2005


■妻 小畑大太郎男爵の娘 春子
明治40-


●允
●豊
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by oMUGIo | 2005-04-03 00:00 | 勲功華族

佐久間左馬太伯爵家 軍人

◆佐久間左馬太
1844-1915 天保15-大正04 71歳没
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■妻 横山勘兵衛の娘 鷹子
1848-1900 嘉永01-明治33 52歳没


●俊一 次代当主





◆佐久間俊一
1876- 明治09-


■妻 勝尾通直の娘 正子
1884- 明治17-
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●美子 賀田以武夫人
●静子 永江晋夫人
●辰雄
●文一
●秀明


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左 美子 賀田以武夫人   右 静子 永江晋夫人
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by oMUGIo | 2005-04-02 00:00 | 勲功華族

芳川顕正伯爵家 政治家

◆芳川顕正
1842-1920 天保12-大正09 77歳没
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■妻 士族川井久中の娘 サダコ
1856-1923 安政03-大正12 67歳没
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●実子 シン 出戻り
●実子 セイ 出戻り
●実子 トミ 財閥藤田平太郎男爵夫人
●庶子 鎌子 婿養子を迎え次代当主とする 心中事件を起こす


●トミ 財閥藤田平太郎男爵夫人
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萬朝報 明治31年09月04日

伯爵芳川顕正は自邸に芸妓上がりの伊藤初子(27)という美妾を畜え、
頃日相携えて塩原の松風楼に遊べり。

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◆芳川寛治
1882- 明治15-
もと曾根荒助子爵の子 婿養子になる
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■妻 先代寛治の娘 鎌子 心中事件を起こす
1891-1922 明治24-大正10 31歳没
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●明子 三室戸敬光子爵の子 三光を婿養子に迎える


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芳川顕正には4人の娘があったが、3人が本妻の子、四女鎌子だけが妾の子であった。
顕正は鎌子を溺愛しており、鎌子に婿養子寛治を迎えた。
二人の間には長女明子が生まれたが、もともと寛治は名だたる放蕩児で、
茶屋遊びはひどくなるばかりで妾も囲い始めた。
さらに嫁いだ三人の姉のうち、長女と二女が離婚して実家に戻ってきた。
鎌子夫妻が跡継ぎになっていることがおもしろくない姉たちと母親が結託して確執が始まる。

鎌子は楚々とした大和撫子タイプではなく、自信に満ちた美人タイプだった。
鬱陶しい家や夫の放置から鎌子も買物や観劇など外に遊びに出るようになる。
そのたびに同行していたのが運転手の倉持陸助である。
倉持は勉強家で実直な好男子であった。
鎌子は無理矢理倉持に服や靴を買ってやり、お茶や食事に誘うようになった。
精養軒で食事をしていたのを見て夫婦だと思っていた人もいた。

そのうち二人は深い仲になる。
二人の関係は芳川家の知るところとなり、倉持は解雇、鎌子は監禁された。
身分違いは承知している。
二人はこの世で結ばれないならば、あの世で結ばれようと思い詰めるようになった。
どうにか屋敷を抜け出した鎌子は倉持と落ちあい、死に場所を求めて千葉に向かった。

二人は線路から列車に飛び込んだ。
鎌子は頭を打ち重体、倉持は軽傷だった。
倉持は「奥さん、あなた一人を殺しはしません。私も必ず死にます」
と叫んで短刀でのどをついて絶命した。

生き残ってしまった鎌子は夫と離婚して実家からも除籍され、鎌倉にある芳川家の別荘に送られた。
この別荘の運転手を担当したのが出澤佐太郎であった。
罪人のような生活を強いられて孤独に耐え切れなくなった鎌子は出澤と再度駆け落ちする。
世間は二度も運転手と駆け落ちした鎌子に呆れ果てた。
ただし、今回鎌子はもう平民である。結局二人は世間から隠れるように一緒になった。
父顕正が亡くなった際も、連絡もなければ葬儀に参列することも許されなかった。
鎌子はだんだんと生きる希望を失っていった。
心中未遂事件から5年後、鎌子は佐太郎母子のもとで息をひきとった。
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by oMUGIo | 2005-04-01 00:00 | 勲功華族


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